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続けることが難しい [今を生きる]

一週間ほど前にスキーに行った記事を書きましたが、その夜のこと。
雪まつりがあったので、重い身体を引きずって、見に行って来ました。
本当は屋台が目当てだったのですけど。

ワタシが子供の時はもっと規模が大きくて、大きな雪像がたくさんあったもんですが、今はもう見る影もありません。駅前に小さなのが一つ。あとは商店街の店の前にもっと小さいものが一つ二つあるくらい。

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なかなかね。市もお金がないのでね〜。
ま、そんなこと言ってるからどんどん先細りになってしまうんでしょうか。
それでも何でも続けることはやっぱり大変なのですよね。
でも今年は結構人出はあったかも。
逆に雪が少なかったのが残念でした。

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雪まつりが終わったそのまた一週間後。
隣町でもまたお祭りです。

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ここも由緒正しき古くから続くお祭りなのです。
以前にも何回か記事にしてましたね。

関連記事:
 2008/02/21 『寒いからこそ暖かい…のかも
 2010/02/27 『江戸時代に行ってきました
 2014/03/01 『雛人形は勝負好き?


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幻想的なこの風景も大好き。
ずっとずっと未来にも続いていってほしいです。

タグ:雪まつり
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愛車遍歴5 [車]

さてさて愛車遍歴も5台目となりました。
前回のジムニーSJ30FKでフルオープンに目覚めたということで、ご存知の方はお気づきと思います。
はい、その通りです。
なんて影響されやすいんでしょうワタシ…。


5台目の愛車となりますのはホンダS800。通称エスハチ、略称エスです。
この車に関しては以前もこのblogに何度か登場しています。
前記事と行ったり来たりしてご覧ください。

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関連記事:
 2005/10/10 『ワクワクするクルマが好き

先輩が青空駐車場でブルーシートにくるんでたエスハチを譲り受けたワタシ。
エンジンはとりあえず回って走れはするものの、ボディもフロアも錆がひどくて穴だらけ。これはもう修理というよりレストアというレベルです。
雑誌をいろいろ見て、ある専門工場にお願いすることにしました。お金もないのでとりあえずボディだけ載せ替えることに。

当時はまだ本田宗一郎氏がご存命で、ホンダSF(ホンダ直系のサービス工場)もあり、エスの新品パーツも手に入った頃です。
当然ながらワタシも新品のボディパネルを使いました。
エスは駆動系フレームの上にボディが乗っかっている構造です。実物大のプラモデルみたいです。
レストア時の写真があったのですが、ちょうどアルバムが見つからなくて…(汗)。見つかったら後で追加したいと思います。
新品のボディとは言っても、金型が古くなっていてプレスが甘く、かなり修正しないと取り付かないんです。当時ですでに30年前の車です。新品のボディパネルが手に入るだけで驚異的ですよね。
他メーカーの旧車を持ってる人は、ボディどころか細かいパーツですら手に入りにくく、かなり苦労していました。どうしても手に入らない部品は個人的に特注で作ったり。

「ホンダ車はいいよね〜」

よく羨ましがられてました。
もともとエスは海外にもファンクラブが多く、そういうところが部品の必要数をまとめて、ホンダに注文していたんです。だいたい多めに発注するので、余った新品が世界中に回っていて、ホンダSFに在庫がなくても、専門工場をツテにクラブに問い合わせると手に入る部品もありました。
今のようにインターネットオークションで簡単に、という時代ではありませんでしたけど。
なんだかんだで乗れるようになるまで一年くらいかかりましたね。

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働いていたとはいえまだ22歳の頃で給料もたかが知れています。
忙しくて残業代が多かったのがせめてもの救いでしたが、それでも追い付かず。切りつめられるところは切りつめました。
会社の寮でしたので平日の朝食と夕食は出ます。食費を切りつめるとしたら昼食しかありません。
それでまずは一年間お昼を抜きました。さらに休日はほとんど一日一食。だいたいが、ほか弁の、のり弁280円とか。そんな慎ましい生活を続け、何とか費用を捻出しました。
あ~ワタシも若かったな~。

車が帰ってくるとさすがに寮の青空駐車場というわけにもいかず、近くの貸しガレージを借りました。
自分の住む寮費が月々2万円の時、ガレージ代は3万円でした。たぶん。
寮を出てガレージに住もうかと本気で思いましたね。

ボディが直って綺麗になって喜んだのもつかの間。しばらくすると、ある時、燃料漏れに気づきました。
キャブレターのフロートが沈んでガソリンがオーバーフローしていたのです。
さすがにガソリンが漏れてるのをそのままにはできません。
キャブ修理だけとも考えたのですが、他にも問題があるかもしれません。
なので、今度はエンジンのオーバーホールに出すことにしました。
またまた雑誌を調べて工場を選びました。

オーバーホールが終わるまで半年くらいかかりましたかね。
ついでにバルブシールに無鉛対策をしてもらったので、無鉛ガソリン仕様となりました。
当時はもう有鉛ハイオクがなかなか手に入りにくくなっていて、扱うガソリンスタンドが少なくなっていました。少し遠出したりした時には、「有鉛あります」の看板が出ているガソリンスタンドを通り過ぎたら、必ず覚えておき、ガソリンがやばそうになったらいつでも戻れるように、常に気をつけていました。
無鉛仕様になったおかげで、有鉛ガソリンを探さなくて済むようになり、ドライブもかなり気が楽になりました。が、最後まで燃料計があやしくて、トランクにはポリタンクを常備したりもしていました。

オーバーホールの終わったエンジンは最高でした。圧縮が落ちてスカスカだったのが、本来の性能を発揮するようになりました。
何より音が違います。初期型のエスは触媒なしのマフラーですから元々排気音はかなり賑やかですが、それに加えて、吸気音やら、カムの音やら、すべてが気密が上がったような緻密な音に変わっていました。バリバリガラガラいってたのが、クーンとかキューンとかいう感じに。
冗談でも比喩でもなく、本当に気をつけてないと簡単にタコメーターが1万回転を越えてしまいます。
そしてそれ以上に驚いたのが、アクセルを抜いた時の回転落ちの早さ。シフト操作とクラッチ操作を急がないとぎくしゃくするほどです。
もう夢中になりました。暇さえあればすぐガレージから引っ張り出していつも乗ってました。と言っても、とってもうるさい車なので、さすがに夜走るのは自粛してましたけど。

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休日など、信号待ちでタクシーの運転手さんにはよく話しかけられました。
当時のタクシードライバーって本当にプロフェッショナルの人が多くて、全てのドライバーのお手本のような感じでした。そんな方々から好意的に接していただいたことは今でも良い思い出です。

でも逆に、悪意や敵意を受けることもありました。
前にも記事にしましたが、トラックの運転手さんからはあまり良い扱いをされませんでしたね。
基本的にオープンで走るワタシでしたから、すれ違いざまや信号待ちなどに、煙草の吸殻や空き缶などをよく投げ入れられました。あと、排気ブレーキね。ばふぉばふぉっ!ってよくやられました。
お金持ちがチャラチャラして遊んでいるように見えたんでしょうね。こっちは昼飯抜いたりまでして、維持するのに大変な努力をしてるのにね。

関連記事:
 2005/03/05 『職業ドライバーからの贈り物

この頃は初年度登録から10年を超える車は毎年車検だったんですよ。
それはそれで結構金銭的には負担でしたが、それがあったおかげで、エスを常に動かしてエンジンの調子が確認できていたような気がします。
そんなワタシでしたから、エスを手放すことになるなど、全く想像していませんでした。

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そしてそれは突然やってきました。
ある時、実家から連絡がきました。親父が雪掘りで屋根から落ち、怪我をして入院したということでした。あー親父ももう歳なんだな…と思いました。
ワタシはそこで、人生をかけた決断を迫られました。
すでに姉は結婚して家を出ており、家を継ぐ者はワタシだけです。

「それがわかってて何で東京に出てきたの?」

先輩からはズバリ言われました。
その時は笑ってごまかしたけど、今考えると要は田舎暮らしが嫌だったんですね。子供の時から早く都会に出たかった。ずっとそう思っていた。そしてついにあこがれの東京暮らしが始まって、また田舎に帰ることなんか考えたくなかった。
でも心の中ではわかっていたんです。いつかはこの時が来ることを。

関連記事:
 『拝啓 屋根の上から

当時まだ安かった千葉ニュータウンあたりに家を買うからこっちに来ない?と言ってみたこともありましたが、頑固な親父は絶対にウンとは言いませんでした。それも予想通りの反応です。
そうなるともう選択肢は一つしかありません。
…実家に帰ることにしました。

本当は他にもいろいろな要因がありましたがそこは省略します。
が、父親の入院がきっかけとなったのは間違いありません。きっかけとなった、と言うより、きっかけとした、が正しいのかな。それがなければ、ずっとモヤモヤしたまま、ズルズルと過ごしていたのかもしれません。


さてそうなると、エスをどうするか、ってことになります。
田舎に帰ると生活に車が必要。もう一台車を買うのか?でもそんな金銭的余裕はありません。
エスは冬場乗れないし…、と自分を言いくるめて、泣く泣く売りに出しました。
程度は良かったのでそこそこの金額がつきました。つぎ込んだほどは戻っては来ませんでしたが、それを元手に次の車を購入し、長い東京生活にピリオドを打ったのでした。

もう少し後ならバブルの時代に入って、もっと高く、下手すりゃ倍近い金額で売れたのにな。あとのまつりです。


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愛車遍歴4 [車]

さて次の愛車です。
がそこに至るまでの紆余曲折をもう少し。

少しやんちゃなミラージュ2ターボに乗ってたワタシでしたが。
一年半くらい経った頃は、都内で車を持つことが結構負担になっていました。
当時、会社の寮に入っていたワタシ。
寮の駐車場の料金は月々二千円くらいだったので、維持費用というよりは、仕事が忙しくて車に乗る時間がないのに、乗らない車を維持していること自体が、心理的な負担だったような気がします。

夜遅くまで仕事をしてそのまま寮に帰ると後は寝るだけ。
それも何かしゃくなので、まっすぐ帰らずガレージに直行。車でちょっと一回りしてから帰ったりするようになりました。
当時500円で乗り放題だった首都高を何周もしたり、まだ未開発で砂利道だった第三台場に行ってみたり、これまたネズミの国が大規模工事中だった浦安行ったり。何だ工事中多いな(笑)。
カップルの多いスポットを避けていたのがよくわかりますね。

そんな夜遊び型のワタシを心配したのか。
ある先輩たちが休日にワタシを引っ張り出します。
車だけでなくバイクも一緒のツーリングでした。
だいたいいつも房総の山の中でしたね。
河原でバーベキューや鍋をして食べたりして。
そうして、それまで深夜ドライブが多かったワタシは、明るい太陽の光を浴びて走ることの楽しさを知ったのでした。

ツーリングには、ワタシが一番尊敬していた先輩も一緒でした。
先輩が乗っていたのは三菱Jeepでした。
このJeepの助手席に乗せてもらい、幌を外して自然の中を走り回ると、もう目からウロコ。
車ってこんな楽しい遊び方があるんだ!って思いました。
影響されやすいワタシはイチコロでしたね。
まだローンの残っていたミラージュ2ターボを売り、新たなローンを組み、次の愛車がやってきました。

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スズキ、ジムニーSJ30FK。赤。
早速アルミホイールにぶっといタイヤを履かせて。
タイヤがはみ出すのでオーバーフェンダーもつけたし。
車両が120万くらいだった上に、タイヤ一式で50万近かったんじゃなかったかな?(笑)
スペアタイヤをリアに担いでいるので、タイヤ5本セットですからね。
それにしてもジムニー高い!
車両価格だけで、排気量2.5倍のターボ車(前車)より高かった。軽自動車なのに。

そのくせ、なにゆえこの車なのか?
まず幌タイプ。さらにハーフメタルドアってヤツで、ドアの上半分も幌なんです。ドア上半分も取り外すと、胸から上がフルオープンになりました。先輩のJeepのように。(Jeepはドア全体が幌でそっくり取り外せたので足元もスカスカでした)
そしてもう一つJeepと同じところ。幌型ジムニーはフロントガラスがたためるのです。
こうなるともうジェットコースターで道路を走るようなものです。
公道でやると法的にはムニャムニャ…だったり、時速50kmを超えると、息ができなかったり、目を開けてられなかったりしますが(汗)。

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画像はお借りしました


さらには軽自動車で自動車税が安い。
そして何より、宇宙刑事ギャバンの一条寺烈が乗ってた!(爆)
どうでもいいことだけど、一条寺烈のジムニーには白ナンバーがついてたのでSJ40だと言われていました。けど、あれはどう見ても軽のSJ30に白ナンバーをつけたようにしか見えなかったな。

当時はまだ軽自動車の排気量が550ccだった頃です。
2サイクルエンジンで、排気音をパンパン言わせて走るミニジープ。
楽しかったな~。ホント楽しかった。
汚れたままでも気にならず、手軽で気兼ねなく乗れた車でした。
相変わらず仕事は忙しかったけど、たまの休みに思いっきりストレスを解消できました。
幌は折りたたみ式ではなく取り外し式なので、簡単ではありませんが、そもそも天気が許せばほとんど幌は取り外したままで乗ってました。
一度、幌を付け忘れたまま一晩停めておいたら、夜中に雨が降って車内が水浸しになったこともありました。
それでも、シートはビニールだし全然平気。
フロアには水抜きのゴム栓があって、栓を抜いたら、まるで風呂水を抜くようにゴボゴボと水が抜けたのは笑えました。

時期的にはちょうど、勤務先が工場から本社勤務にに移り、寮から徒歩で通えるようになっていました。
東京都内に住んでいるとほとんどが公共交通機関での移動で事足ります。
ただの移動手段としての車だと、何のために所有しているのかわからなくなるんですよね。
そういう意味では、ジムニーは別物でした。
公共交通機関で行けないところに行けましたし、何しろフルオープンの楽しさは他の交通機関では味わえないものでした。

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この赤い小さな車で、いろんなところに行きました。
房総の林道はもちろん。
遠出になると、富士山のふもとであった4×4(フォーバイフォー)フェスティバルにも行きました。
さらにもっと遠出になると、鈴鹿サーキットにF1を観に行きましたね、ジムニーで(笑)。
中央自動車道を使っても休憩含めると7~8時間はかかりました。
かなり遠くて大変だったはずなのに、つらかった思い出はまったくありません。
帰りはさすがに眠かったですケド、途中名古屋の片側6車線道路にビックリしたのは忘れられない思い出です。

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この車でフルオープンの味を覚えてしまったんですね。
あと、車は綺麗に磨き上げて眺めるものではなく、使い倒すもんだってことも覚えた。
太平洋側の冬なんかは、いつも晴れています。
寒かろうが暑かろうが晴れていれば必ずフルオープンでした。
ホント楽しかったです。
維持費もかからず、所有する苦労を一切感じなかった車でした。



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滑り解禁 [今を生きる]

三連休なので、久しぶりにスキーに行ってきました。
いつも行ってる例のスキー場です。
天気予報では歴史的寒気、と言われていた日。
雪はパウダースノー、ふわふわの雪でした。
こんなの新潟の雪じゃねぇ〜(笑)!
まるで長野の雪みたいでした。

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去年も行かなかったので2年ぶり。
何でかと言うと…。
去年は娘の受験。今年は息子の受験だったからです。

「ちょっと滑ってくるわ」

なんて言えません。
今年の息子の受験は早々に終了したので、もう大丈夫かな(汗)?と。
一応息子にも声をかけたのですが、お昼近くなっても起きません。
ま、受験頑張ったし、戦士の休息ということで、寝かせておくことにしました。



スキー場に近づいていくと、山は雲の中。
あんまり条件は良くないかな〜と思っていましたが、山頂に行ってみると雲の上。
気温はさらに低く、雪質もバッチリでした。

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3時間、みっちり滑ってきました。
夕方近くなると、前日から積もったふわふわの雪がエッジで削られて、その前に積もったガリガリの硬い圧雪が出てきてしまいました。
そうなってくると滑っててもあんまり楽しくないので、早めに切り上げました。
まぁ、もう体力が持たなかった、ってのもあるんですが。

帰りはもう、腿がパンパン。
体がなまってるってことかな〜。



それにしても、三連休の初日。
ゲレンデはガラガラでした。
リフトを待たなくて良いのは嬉しいのですけど、スキー場の経営がちょっと心配になりました。




タグ:スキー
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未来の博士に贈り物 [育児]

親の心配をよそに、早々に受験を制してしまった息子。
これから必要になるものを買い揃えましょう。

まずはiPhoneを買いました。
いろいろ見比べて本人に決めさせました。

iPhone XR~!

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XSでもXSMaxでもなくXR
親のお財布にやさしい息子です(笑)。
ま、息子のものなんで横から覗き見するくらいで詳しくはわかりませんが、思った以上に写真は綺麗ですね。
XSやXSMaxのようにツインカメラじゃないですが、充分綺麗だと思います。
(どうでもいいけど、この小さい大文字使うのやめてほしいですね)

彼は今までずっと、ワタシのiPadに自分のApple IDでログインして使ってました。
iCloud経由なのでデータ移行は簡単です。
最初のセットアップでID入れれば、アプリから写真からそっくり戻りました。
ただ、残念ながらメッセージの履歴は移行されないんですね。と思って後からググってみたら、メッセージをiCloudに保管しとけばよかったんですね。今からじゃ遅いかな?

2019/02/09追記:
iPadのiCloud設定みてみたら、WiFiモデルだからか、iCloudバックアップにメッセージの項目がありませんでした。電話番号がないとダメなんだろうか。iPadのメッセージ履歴はあきらめるしかないですね。残念。

とりあえず息子も無事にiPhoneデビューしました。



さて話はそこで終わらず。
次なるはオオモノ。パソコンです。

入学して様子を見てからでいいんじゃね?とも言ったのですが。
課題やレポート作成にすぐ使いたい、という本人の希望もあり入学前に購入することに。
娘の時はMacBookにしたのですが、もう少し大きい方がいいと言う息子の要望に合わせて、彼には去年発売されたばかりのMacBookAirを。
工学系なので娘よりはスペックアップしてカスタマイズ。

SSD:256GB → 512GB(+22,000円)
RAM:8GB → 16GB(+22,000円)

…よ、よかったわ、XRにしてもらって(汗)。
どちらもこれから5年間、あるいは7年間。良き相棒となるでしょう。

カスタマイズして夜中に購入ボタンを押したのに、次の日にはもう発送!なんてメールが来てました。はやっ!国内に在庫があったってことですかね。

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今更感はありますが。ついでなので、ワタシのMacBookPro2015と見比べてみました。
同じ13インチですが、Airの方が微妙に少し小さいです。
ただ残念なことに、天板のアップルマークが光らないんですね。
いかにコストダウンが命題とはいえ、ここはこだわって欲しかったかな。

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外形は小さいけど画面サイズは同じ。
何が違うのかというと、Airはベゼルの幅が狭いんですね。
旧Airに比べるとかなり狭くなっています。Proと比べても若干狭い。数ミリだけど結構見た目で違います。

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それから当然ながらAirは薄いですね。
Airはパームレスト側が特に薄くなってて、つまりキーボードが傾斜しているんですね。
Proだとボディ手前の角がちょうど手首のあたりにくるので、ポジション的にちょっと違和感を感じる時があります。
Airにはそれがないですね。打鍵時の手首の姿勢に無理がない、と言うか。

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(クリアカバーで厚ぼったく見えますね)

後、スピーカーが上を向いてます。
デザイン的にはProの15インチみたいな感じで、キーボードの左右にスピーカーがあります。これがまた結構いい音がするんです。
とはいえ、パソコン直で何か音楽を聴くか?と言うと、微妙なところですけどね。

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それから、キーボードが薄い!ペタペタじゃん。
キーストロークもほとんどありません。
ただ剛性感はあり、カチカチといった感じ。
Proのキーボードに慣れたワタシには違和感ありまくり。
でもこれもAirに慣れればおそらく問題なし。いやきっと半日で慣れるでしょうね。

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他にもTouch IDが付いてたりするのですが。
自分で使ってないのでわかりません。
これも慣れると楽なのでしょうね。

ワタシのProが劣るわけではありませんが、やっぱり新しいガジェットを見ると羨ましいです。うぅぅ…。
まぁ、頑張って勉強してくれたまえ。
そのための道具ならいくらでも準備してあげよう。

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愛車遍歴3 [車]

さてさて愛車遍歴3台目となって、ようやく自分の所有車となります。
ワタシ史上初めて、本当の意味での愛車。
そして初めての新車です。

ワタシが二十歳を過ぎた頃。
ボーイズレーサーっての?ホットハッチっての?
小さくてハイパワーって車が大流行りの時代が始まります。
そんな時代のさきがけとなる車と言って良いと思います。
大衆車初のターボ車ということで当時大きな話題になったものです。
そろそろ車が欲しいかなーと考えていたワタシは、すぐに飛びつきました。

それが、三菱MIRAGE II TORBO!
ミラージュ2ターボ!
(大切なことなので2回書きました!)

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画像はお借りしました


ワタシの車も写真と同じカラーリング。
黒ボディに赤いライン(オプションでした)を入れました。
内装も黒と赤。今見ると赤面モノですが、当時はワタシも若かったので。
オプション含めて乗り出しは110万か120万くらいだったと思います。
だいたい1馬力1万円かぁって思ったことを覚えています。

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画像はお借りしました


この車の発売を皮切りに、いろんなメーカーからちっちゃいターボ車がたくさん出てきましたね。シティ、シャレード、パルサー、うわぁ書いてて懐かしくて涙が出そう。
そのエポックメイキングな車、ミラージュ2ターボ。
車名に2がついていますが2代目じゃないんですよね。
初代ミラージュの、なんだろ、マイナーチェンジと言うかグレード追加くらいな感じだったんですよね。
じゃあ2代目はミラージュ3かと言うと、そうじゃない。
またただのミラージュに戻ってました。
何だったんだろう?

どんな車だったのかと言うと。
1400ccのエンジンにターボをビルトイン。
105馬力の高出力エンジンと、ボンネットのエアインテークが特徴。
また、当時の三菱お得意スーパーシフト(副変速機)というものがついておりました。
なんとシフトレバーが2本あるんです。重機かよっ(笑)。
通常のシフトで1速~4速、副変速機でPowerとEconomyの切り替え。
つまり、8速のギヤが選べるということ。
今考えればマニュアル8速なんて、スーパーカーですか?って話になりますよね。

いや、無理ですから!
片手で2本のシフトレバーを操作するなんて、マジ無理。
結局、副変速機は半固定で使う代物でした(汗)。

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画像はお借りしました


最近はダウンサイジングターボとか言って、排気量を小さくする代わりにターボを搭載するのが流行りになっていますが、当時はそもそもターボ自体が目新しいものでした。
今みたいな全回転域でパワーアップできるようなターボではありません。
そうです。いわゆるどっかんターボってやつですね。
排気量にしてはハイパワーと言えばハイパワーなんですがクセはありました。
今みたいに電子制御じゃなくて、キャブレター+ターボですから(汗)。
曲がり角とかでスピードを落とした時に、エンジンの回転数も落としちゃうと立ち上がりでアクセル踏んでも、ぷすーってちょうどエンジンがかぶっちゃった、みたいな感じでつんのめっちゃう。
過給圧が落ちちゃってるんですね。
回転数を落とさないように低いギヤで曲がり角に入ると、パワーを感じながら立ち上がれるのですが、そうすると結構やかましくてやんちゃな走りになっちゃう。
なかなかシフト操作とアクセルワークには気を使いましたね。
ターボ効かせると燃費も悪かったですしね。



生まれて初めての愛車。
そして、生まれて初めてのローン、でした(笑)。
この車も数々のエピソードがあります。
その中で一番はというと…。

買って半年ほどたった頃。
例のAくんと弟のBくん、そしてその友達のEくんの4人でドライブに出かけました。
目的地は、忘れもしない、大磯ロングビーチ!
ずっと前から予定していたのですが、日程が近付くと何と台風が近づいてくる予報。
それも台風上陸場所の予報がまた大磯でした。
でも若かったもんで、大丈夫だろって強行したんです。

当時、東京都内の下町に住んでおりました。
例によってお金もないので高速道路は使わず、国道1号線をひた走り大磯を目指しました。
通常なら3時間ほどの距離なのに、台風の影響もあり5~6時間かかったような気がします。
大磯ロングビーチには深夜に着きました。
案の定、台風もワタシたちに時間を合わせるかのように上陸(汗)。
土砂降りと強風の中、車から一歩も出られず、大磯ロングビーチの駐車場で夜をあかしました。

以下、実際の写真です。
この頃はフィルムカメラでしたね。

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夜が明けてくると台風も去り、天気は回復してきます。
ところが、開園時間を待って入り口に行ってみると、なんと「台風のため臨時休業」の張り紙が…(泣)。
結局どうすることもできず、そのまま帰ることにしました。
しかし帰路は台風の影響で、道路があちこち寸断されて通行止めばかり。
泥水がサイドシル上まであるような道を通ったりもしました。

「う~新車なのに~」

台風が来るのをわかったうえで強行したバカな自分を呪いました。
おまけに次の日仕事だってのに、翌朝までに帰りつけませんでした。
途中の公衆電話から会社に電話をかけ、休暇をお願いすると、上司にこっぴどく叱られたのは忘れられません。

下の写真は、台風が通り過ぎた直後の、誰もいない大磯ロングビーチ!

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実物の写真と一番上の写真をよーく見比べるとわかるのですが。
この頃、法改正により、ついにドアミラーが解禁になりました。
カー用品店に交換用ドアミラーがたくさん並ぶようになり、ワタシもお店からミラーを買ってきて早速自分で交換しました。
今みたいに電動ドアミラーじゃないので、ポン付けですから簡単です。

こういう小さい車、特にスローピングノーズの車は、やっぱりデザイン的にドアミラーが似合います。
フェンダーミラーだとステーが長くなりすぎてカッコ悪いもん。
でも使い勝手としてはドアミラーよりフェンダーミラーのほうが見やすいです。
ワタシも若かったので、使い勝手よりも見た目を重視してましたね。



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降っては降ってはずんずん積もる [今を生きる]

今年はまだ雪の記事を書いていませんね。
まぁ例年に比べれば、今年はそれほどの大雪ではないし。
あまり雪の記事ばっかりだと飽きちゃうんです、ワタシが…(笑)。
暇なもんで、今回は除雪を動画にしてみました。

場所はココ。

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自宅脇、車庫の屋根の雪が落ちるスペースです。
普段から片付けておかないとどんどん溜まっていってしまうんです。
どう片付けるのかというと、手前の20cmほどの用水路にチマチマ流すんです。
だから時間がかかる。

大雪が続く時に一週間くらい放っておくと大変なことになります。
しばらく見ないフリしていたんですが、いつまでもそんなわけにいかないので、先日意を決して雪を片付けました。
その時撮った写真をつないでみました。



何かよくわからないですね(汗)。
後で考えて、タイムラプスで撮ればよかったんだ、と思ったけど、後の祭り〜。

お昼過ぎから始めて、終わったのは夕方になってしまいました。
4時間くらいかかりましたかね。
ここまでしても、3日も経てばまた元の木阿弥。
雪国って不毛ですよね。
まぁ、それが自分の人格形成に必要なんだと思うようにしています。

人生これ修行なり(詠み人知らず)


タグ:雪掘り
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愛車遍歴2 [車]

さて愛車遍歴の2回目、お次の車です。
これもまたワタシの所有車ではありません。

前回教習所の話をしましたが、その後、免許を取ってから初めて公道で乗り始めた車。
それは姉の車でした。
いきなり最初から自分の車が買えるほど裕福ではありませんものね。
そもそもウチの両親は自動車免許を持っていませんでしたから、姉が中古で購入した車を、姉弟二人で共有して乗っていました。

その車は、日産バイオレットJ710型4ドアセダン。
セダンなのにリアがクーペっぽくて面白い形をしていましたね。

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画像はお借りしました


今改めて見ると結構良いじゃんね。
写真はグレードが1400デラックスですが、ウチのは1400スタンダードだったと思います。
またボディカラーはクリーム色とか肌色みたいな色だったような気が。
それなのに車名がバイオレットで、ちょっと変な感じでした。
ただ、VIOLETって音(おん)や字面は好きでしたね。
色の名前なんて、ちょっとオシャレな感じで。
そういや色の名前がついた車って他にあったんだろうか?

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画像はお借りしました


免許を取ってから東京に出るまで数カ月。
そして、上京してからも何回か借りて東京で乗ってたことがあります。
思えばその間、姉はどうしていたんだろう。
弟のために車なしで我慢してたとか?ありがたいことです。
ワタシ的には特にこだわりとか思い入れとかもなく。
とりあえず必要があった時に乗っていたという感じです。
だからこれといって記憶に残るエピソードもありませんね。
ただ、メータパネル左側に丸く配置された警告灯だけはうっすら覚えています。

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画像はお借りしました


当時はまだ高速道路が新潟までつながってなくて。
そもそも関越トンネルがまだ工事中でした。
練馬ICから乗って前橋ICで降りて、そこから先は国道17号線をひたすら北上。
三国峠のトンネルを抜けて新潟県に入るような状況でした。
まさしく「国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった」。
その暗く長いトンネルが眠くなるんです。
何度事故りそうになったことか(汗)。

当時は携帯もなかったので、帰省で家に帰る時などは、出発したら連絡なんか取れないんですよ。
いや、車停めて公衆電話という方法もあるにはあるけど、そこまでするのは面倒くさい。
だから実家のほうでは何時に到着するのかなんてわからない。
不便でしたけどそれが普通でした。
一度、年末に帰省する際、三国峠が雪で大変な渋滞になり、自宅に着くまでまるまる24時間かかった時もありましたっけ。
よくガス欠にならなかったな〜。
現在だって雪の中でエンジン止まったら命にかかわりますからね。
今考えると本当にヤバかったかも。
でもそういう時代でしたね。


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サクラ咲いた [育児]

先日息子が高校受験だよって記事を書きました。
まずは第一関門、ってところだったのですが。

関門、突破しちゃいました!
早っ!!!

すげえ。たまげた。
ってのもありますが。
それより何より…、羨ましいぞ、くそぅ(笑)。

なんせ、ワタシが行きたかった学校ですから!




羨望の気持ちも込めて
まずは

「合格おめでとうっ!!!」

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公立高校の受験はまだ1ヶ月半も先のこの時期。
合格しても他の生徒にはまだ内緒に、と中学校の先生からは言われています。
みんな頑張れ!



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愛車遍歴1 [車]

というわけで唐突に始まりました。
ワタシの愛車遍歴を紹介するコーナー。

今までどんな車に乗ってきたのか。
それを改めて並べて見ると、ワタシの人物像、あるいは人生が浮かび上がってくるのでは?とか何とか思って、前々からシリーズ化してみたかったのです。
もしかするともしかして暴露話が飛び出すかも。
それもまた面白いですよね。
別にネタがなくなったわけでも、ネタがなくなったわけでも、ましてやネタがなくなったわけでもありませんから(笑)!

今回は第一回なので、所有していた車ということではなく、かかわった車たち、みたいな感じです。
それではスタートしましょう。



ワタシが自動車免許を取ったのは高校三年生の11月末。
以前記事にも書きましたが、自動車教習所の卒業検定の日は、例年よりかなり早い初雪が降りました。
まだほとんど誰もスノータイヤ(当時はスタッドレスではなく、滑り止めのピンを打ち込んだスパイクタイヤでした)に交換していません。
運の良いことに教習車だけは交換済み。
予定通り検定が始まりました。

一般道に出てみると、国道はめちゃ込み。
特に鉄道と交差する陸橋の手前からはひどい渋滞で、1m走っては停まり1m走っては停まりという、ストップアンドゴーの繰り返し。
しかしワタシは坂道発進と縦列駐車が大得意。
陸橋の上り坂で何十回も坂道発進を繰り返しては教官に感心されました。
そんなこんなで実力を十二分に発揮したワタシは一発合格。
晴れて普通免許を手にしたのでした。



さてさてそんな教習所時代に乗っていた思い出の車があります。
いやいや無免許運転ではありませんよ。
ワタシが通ってた教習所では、休日に個人の車をコースに持ち込んで練習が可能でした。
で、ちょうどワタシの姉の彼氏が、教習所の隣のラーメン屋で働いておりまして、休日にはその人の車を借りて教習所内のコースで練習していたんです。
おかげさまで坂道発進や縦列駐車など、一般的に皆さんが不得意とするメニューをとことん練習することができました。
そんなわけで冒頭の卒業検定の話につながるわけです。

オートマ車が長くなった今でも、マニュアル車での坂道発進は身体にしみついていますし、縦列駐車もリアモニタいらず。
あっ、だから後方確認もいまだに目視でする癖が抜けないんですね。

車を貸してくれたその方は、結局姉とは縁がなかったのですが、今は独立してラーメン屋をやってまして、ワタシも時々顔を出しては美味しいラーメンを食べさせてもらってます。昔も今も変わらずとってもいい人です。

ということで、栄えある第一回を飾る車はコレです。
実姉の彼氏の愛車。

日産スカイライン
画像はお借りしました


日産スカイライン(残念ながらGT-Rではありません:汗)!
うろ覚えなんですが、多分時期的にはケンメリだったんだろうなぁ。
型式はC110型になるかと。
改めて説明も不要と思いますが。
「ケンとメリー、愛のスカイライン」というCMが話題になり、ついた愛称ですね。
ワタシの免許証の原点だった車でした。



さて実はこのスカイライン。
時を経て別の時期に再会します。
同じ車種ということで、同じ個体というわけではありませんが。

確か二十歳前。十九歳くらい?
ワタシは東京で就職していました。
会社の仲間同士で、泊りがけで遊びに行こうって話になったんです。
どこか湖の近くだったと思うんですが。
どこだったかな~思い出せない(笑)。
多分、富士急ハイランドとかだったかな~。

ワタシを含めて、男が3人、女が2人。
友人のAくんとその弟Bくん。
それから会社で仲が良かったCさんとDさん。
よくよく後で考えてみると、Dさんが、Cさんとワタシをくっつけようとして企んだ、プチ旅行だったんですね。
Cさんのご家族にはDさんとDさんのお母さんが連絡して、女の子2人だけで泊まりがけの旅行、ということで事前に話が通っていました。
(うちの子供たちにはとても言えないわ:汗)

とりあえず電車だとお金がかかるんで車で行こうと。
当時免許を持っていたのはワタシだけでしたが車は持っていません。
そしたらDさんが「お兄ちゃんの車を借りるから!」って言って。
借りた車がケンメリだったってわけです。
Dさんのお兄さんだけには男連れってことはバレバレだったでしょうね。

あの時は高速道路も使わず、一般道を使って移動しました。
ただ、音が少しやんちゃな車でした。
国道を走っていると、パトカーがずっと後ろにくっついて来たり、横に並んで並走したりして、それにはとても閉口しました(汗)。
停められることはありませんでしたが。

こ洒落たホテルに泊まるほどのお金もなく。
民宿みたいなところに泊まったのですが。
宿の前の駐車スペースに停めておいたら、翌朝、民宿の女将さんから呼び出しが。
「隣に車を停めてたお客さんが出発するときにぶつけちゃったんです」って。
慌てて見てみると…よくわからない(汗)。
実はこのケンメリ。元々ぶつけた跡がありまして。
ちょうどその傷の上を軽くこすったような感じでした。
「これは元々あった傷だから。そんなにわからないでしょ?」
女将さんはそう言って慰めて?くれましたけど。
でもね。ぶつけた本人はもういないんですよ。
若いからなめられてたんだな~。

所有者の妹Dさんも「まあいっか」みたいな話になり、そのまま遊んで帰ってきました。
実は、車を借りた時も返した時も、所有者さんとはお会いしてません。
その後、その御兄妹の中でどんな話し合いがあったのか、それともなかったのかは、改めて聞いた覚えがありません。
言われなきゃわからないくらいの傷だったので多分黙っていたのかも?
でもなぁいや~申し訳なかったな~。
若気の至りとは言え、ちゃんとワタシから説明して謝るべきだった、と今となっては思います。

「日産スカイライン」

この名前を聞くと、今でも胸の奥がチクッとするのは、そのせいなのかもしれません。



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