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Vol.68 劇団胡蝶始末記 その後 [キューピーマジック]

前回記事から早くも1ヶ月経ちました。
どうなの?この遅筆さは。

いやいやいや。すみませんね。
最近テンションだだ下がりなんですわ。
思いつく原因といえばあれなんですけど…。
実はそれだけじゃないのですよ。



前回の記事の通り、家族でキューピーマジック公演『Vol.68 劇団胡蝶始末記』を観てきました。
ワタシは、かれこれ四半世紀もキューピーマジックを観てきましたが、今回ほどびっくりした公演はありません。
キューピーマジックと言えば、基本ハートフルで人間味溢れる人情劇。
観終わった後に心がホカホカになる、そんな公演ばかりでした。
今までずーっとずーっとずぅーーーっとそういう公演を観ていたので、いつの間にかイメージが固まってしまっていたんですね。



やられました。
すっかり足元をすくわれました。
足元がそっくり崩れ落ちた、そんな感覚でした。

リアル座長さんの言うダークな感じ?とはまた違う気がします。
今までのハートフルというオブラートを取り去った、素のキューピーマジックとはこれだっ!と投げつけられたような気がしました。
つまり今回の公演は、飾りや体裁が全くない、キューピーマジックのコアの部分がそのまま出ているのだと思います。
前回の感想文で書いた「なりふり構わない」というのはそういう意味です。




さてさて。
最近ワタシのテンションが上がらない理由。
それはこの間の『Vol.68 劇団胡蝶始末記』を観てて一番突き刺さったガラスの破片。

「20歳のワタシが今のワタシを見たら何て言うだろう?」

もうね。
ガツンと心臓に杭を打たれた心境でした。
ドラキュラかワタシは(笑)?



「何て言うだろう?」

いやいや、残念すぎて言葉もないだろうから。

「何て思うだろう?」

てところなんですが。
今の自分を一番見られたくないヤツ、ですね20歳のワタシ。

それがまた今回のキューピーマジックは容赦がなかったです。
心臓に突き刺さったのは木の杭なんてもんじゃなくて、そらもう重くて冷たくて切れ味鋭い、チタン合金でできたような杭でした。

ぐはっ!



ワタシは、その時のショックから未だに立ち直れないでいます。
そう言う意味ではダークでブラックな公演だったのかもしれませんね。
皆さんは大丈夫でしたか?

vol68.jpg


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Vol.68 劇団胡蝶始末記 [キューピーマジック]

座キューピーマジック公演『Vol.68 劇団胡蝶始末記』を観にいってきました。
期待膨らむ久しぶりの新作です。

地方に住んでいるワタシとしては土日くらいしか観にいける機会がないのですが、土曜日は今年春から大学生となった娘の部活のイベントがあったり、日曜日は中学三年生の息子の部活があったり。
ま、息子のほうは通常練習の日だったこともあり、顧問の先生にごめんなさいして、家族そろって観劇ツアーとさせていただきました。
これはこれで大切な社会勉強だ~、とか言いながら。
しかしこれが後にとんでもない社会勉強になることは誰一人知る由もありません…(汗)。

日曜日は楽日楽ステ。会場はいつものように満席でした。
いつも休日の観劇ということからか、最近は席が空いているところを見たことがありません。
さすがキューピーマジック!


さてさて。
前置きが長くならないうちに本題に入ります。
以下ネタバレあります。
ご注意ください。





とある劇団の年老いた座長が主人公。
座長をまかされてかれこれ25年。
おんとし72歳となる彼は、もうそろそろ後進に道を譲ろうと考えています。
劇団の中からめぼしい俳優を指名し、その中から次期座長を選ぶ、と宣言するところから、物語が大きく動き出します。

言ってみれば、内輪ネタ。楽屋オチなんですが。
これが単なる内輪ネタで終わらないところはさすがです。


昔一世を風靡したベテラン女優。
自分の感覚を信じて思ったとおりに突き進む売れっ子女優。
理論先行の頭でっかちで実力の伴わない俳優。
実力は認められてるが優柔不断でどっちつかずの俳優。
いろんな人のいろんな思惑が交差し絡み合って物語が進んでいきます。
いや、主人公の思うように進まない物語。
そしてなぜかそこに紛れ込んできた過去の自分。
今までの積み重ねてきた自分の経験を、まだ経験のない過去の自分に伝え、さらに自分を高めようとするが…。



かれこれ26年もキューピーマジックを見てきましたが、こんなキューピーは初めて観ました。
シリアスというかブラックというか。
飾りや遠慮もなく、そのままをぶつけられた感じ。
こんななりふり構わない脚本はキューピー始まって以来じゃないでしょうか。
もっと言うと、割れたガラスの破片を力いっぱい投げつけられた、そんな気がしました。
数限りないガラスの破片が突き刺さり、満身創痍といった気持ちで、ワタシは舞台の成り行きを固唾を呑んで見入っていました。



登場人物それぞれが違った個性を持っていて。
それがまた、いるんですよ、こんな人、あんな人。
考え方や行動がリアル過ぎます。
そんな一筋縄ではいかないような人たちを座長は束ねなければいけないわけで。
ある意味、企業での中間管理職的な見方もできます。
すごい身につまされます。
シャレにならない。

ワタシは大抵どんな人間も受け入れてしまう方です。
いろんな人からいろんな話を聞かされて、自分としては納得出来なくても、あぁそんな考えもあるのかぁ、と思って受け入れてしまいます。
だから他人を分析、評価するのがすごく苦手。
ここが良い、ここが悪い、というふうに見れないんです。
すべてをひっくるめて、それがその人の個性なんだ、と思ってしまうのです。
それを理解し納得できない自分は、逆に未熟なのだと情けなく、あるいは申し訳なく思ってしまいます。

しかし管理職としては面と向かって「あなたはここが良いがここはもう少し改善するべき」なんて言わなきゃいけない。
ちょうど今だと、夏期賞与の査定時期です。
マジで冷や汗が出ました。



かと思うと…。

座長が団員や過去の自分に対して自分の演技論をガンガン押し付けます。
相手がどう思うだろう、とか、反目されないだろうか、とか思わない。
いや思ってるのかもしれないが気にしない。
全然お構いなしです。
自分に対しての絶対的な自信。
自分は間違っていないという揺るぎのない気持ち。
すごいです。

これがまた、いるんです。こういう人。
あの自信はどこからくるんでしょう。
どうやったらあれだけの自信がつくのでしょうか。
ワタシには到底無理ですね。
ですがそこはそれ、まぁそういう人もいるんだ、と受け入れてしまうわけですが。

とか言うものの。
この観劇からさかのぼること、わずか20時間ほど前。
前日の夕飯時の出来事です。

息子は中学三年生。
今年度が高校受験なわけで。
彼は今、進路について悩んでいます。
文系に進むべきか、理系に進むべきか、それが問題だ、と。
そもそも自分が文系が好きなのか理系が好きなのか、それもわからない。
時と場合によって、文系に興味を持ったり、理系に興味を持ったりしてしまう、と。

ご飯を食べながら、食べた後も、話し合いました。
こんな時はこうだろう。こんな風に考えなければダメだろう。
時間を忘れて話し合いました。

でもこの舞台を観てて思ったのです。
ワタシが中学生だった時、いや今でも、自他共に認める理系なワタシ。
そんなワタシがいくら熱く語ったところで、文系理系で揺れる今の息子には的外れです。
まだ若かった頃の自分に、自分の演技論を押し付ける年老いた座長が、まるでワタシ自身かのようにダブって見えました。

「老害じゃん…」
ホントそう思いました。
この演目の台本で横っ面をひっぱたかれた気がしました。

オマエこそ、その自信はどこから来るんだ?
思わず赤面するのがわかりました。
客席が暗くてよかった…。



かと思うと…。

年老いた座長が劇団を次の新しい座長に託そうとする訳ですが。
自分が座長に指名された後にゴタゴタした経験から、いろいろと外堀を埋めてスムーズに次期座長に移行したいと画策するところとか。
年老いた女優が、自分ではもう演じることのできない配役に対して、自分の解釈を若手に押し付け横槍を入れるところとか。

ある意味、後継者問題、的な観かたもできます。
ワタシも定年まで後数年というところまで来ました。
若手にどう伝え、何を残していくのか。
それもここ数年ずっとぼんやり考えてきたことです。
キューピーはそれを改めてワタシの目の前に突きつけました。
これまた冷や汗が出ました。

業務の引継ぎ…。
少し前までは、今の自分がやっていることを逐一マニュアル化しておけば大丈夫、と思っていました。
でも最近はそれは違うと思い直しました。
今、自分がやっていることは、自分だからやっているだけなんだ、と。
ワタシのやり方を他の人に押し付けても意味がないのだ、と。
他の人なら、他の人でしかできないことがあるはずではないか?と。

だからワタシが本当に後継者にしておかなければならないことは…。
その人がその人なりのやり方でできるような環境を作っておくこと、ではないか。
今はそんなふうに考えを改めています。



とかね…。

細かく挙げればキリがありません。
とにかく一つ一つのシチュエーションがガラスの破片となって、ワタシの心と身体に突き刺さりました。
客出しでリアル座長である田窪さんに伝えました。

「観ててピリピリしました」

神経質という意味ではありません。
心に刺さったガラスがピリピリしたんです。
ズキズキともヒリヒリとも違う。

ある意味、気持ちよさも含んでいたのかもしれません。
今思い出してもピリピリします。
笑い事でもなく、泣き言でもなく。
キューピーマジックの心からの叫び声を聞いた気がしました。



一つ気になったのが劇団名の「胡蝶」。
後で調べてみるとなるほどと思いました。

その昔、荘子が夢の中で胡蝶になり、自分が胡蝶なのか、胡蝶が自分なのかわからなくなった、という故事に基づき、自分と物との区別のつかない物我一体の境地、または現実と夢とが区別できないことのたとえを「胡蝶の夢」と言うのだそうです。
ふふんそうか、青年が劇団胡蝶の稽古場で見た夢がそうだったのか、と一瞬思いました。
いや?でも後でこう思い直しました。

これは、舞台そのものと、そして観劇しているワタシたちを指してないか。
自分が座長なのか、座長が自分なのか。
いや人によっては座長じゃないかもしれませんよね。
観る人によって胡蝶はそれぞれ異なる配役、キャストなのかもしれません。

キューピーマジックの公演そのもの。
それこそが「胡蝶の夢」だったのではないでしょうか。

…いやそれは個人の感想。
皆さんに押し付けはしません(笑)。
十人十色、それぞれがそれぞれに感じればいいのでしょう。

とにもかくにも、こんなキューピーの公演は初めてでした。
皆さんはいかがでしたか?



おまけ:

カミサン曰く。
紅子さん演ずる往年の大女優が、故野際陽子演ずる月影千草のようだった!と。
確かにそうだ〜(笑)。

あとそれから。
「結局は夢オチかよ〜」と言うワタシに対して、息子の解釈はまた斬新でした。
あれは夢ではなく、若かりし座長が存在する世界と、年老いた座長のいる世界がたまたま交差した、パラレルワールドのお話なんだ、と。
さすがだな現役中学生〜(笑)。

それにしても、あのシーンは未成年にはちょっと…ね(汗)。
ま、社会勉強、なので(滝汗)。

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Vol.67 道化師の森 [キューピーマジック]

もう1週間も前になります。
キューピーマジック公演『Vol.67 道化師の森』を観に行ってきました。
この演目としては7年ぶりだそう。
ということは前回はこれ『Vol.54 道化師の森』でしたね。
思い起こせば息子くんのキューピー観劇デビューでした。
えっと7年前だからいくつだ、6歳?7歳?小学1年生か。
ハァ?ヤツはそんな頃からキューピー観てるんだ。
ちょっと親の顔見てきます〜(笑)。



さて今回は珍しく他の家族は皆さん都合が悪くて…。
カミサンは仕事。
娘はセンター試験プレテスト。
息子は参観日で学校へ…って、イイのかおい(笑)!
仕方なくワタクシが家族を代表してキューピーを楽しむという大役を勤めることになりました。
参観蹴って観劇って…いいのかホント。

良いも悪いも、財布の中にはなぜか新幹線の回数券が往復分。
細工は流々仕上げを御覧じろ。
ということで後ろ髪を引かれる思いで…家族みんなに白い目で見られながら、いざ下北沢へ。
そう言えば一人でキューピーを観るのって、もしかして初めて?
さっ寂しい、寂しすぎる…。

このところ家族で行くようになってからずっと車だったので電車での移動は久しぶり。
そもそも以前下北沢に降りたのは、まだ京王下北沢駅が高架駅?地上駅?だったころ。
駅が改装して地下ホームになってから来るのは初めてです。
あれっ?もともと京王は高架のままで小田急が地下に変わったんでしたっけ?すみません田舎もので。

一人も初めて、地下ホームも初めて。
初めてづくしで何だか不安な気持ちが入り乱れ。
いやでも今回は岡野さんが出るんだし、と思いなおすこと数回。
嬉しい…でも一人は寂しい…そんな一人旅でした。


会場は下北沢の小劇場「楽園」。
前々回、豆キューピット『豆Vol.10 ルームメイト』を観たところです。
あの狭くて独特なレイアウトをどう使うのかも興味津々。

会場に着いてみると開場20分前くらいでもう20人ほど並んでいました。
ワタシもいったん並んではみたものの、チケット取り置きだしなーと思い返し、列を無視して階段を降りてみました。
階段の下には受付があり、そこで予約してたチケットを購入し、また階段を上って建物を出て列に並びました。
おそらく列には、チケット持参組、取り置き組、当日券希望組、いろんな人が混じって並んでいたように思います。
出来ればスタッフさんが階段の上で交通整理してくれると良かったのになー。

今回は土曜日のマチネでした。
なぜか結構なお歳の方が多かったように思いました。
どうしたのでしょう?役者さんの祖父母、とか?まさか、ね。
サントリーウェイティングバーよろしく、少し聞き耳を立てていると、どうも初めての方も多く…。
う〜ん、とりあえず、新たな客層の掘り起こしに成功した、ということにしときましょうか。

長い前置きはこれくらいにして。
以下ネタバレあります。ご注意ください。



開場して入ってみるとやはり「楽園」は狭いですね。
おまけに真ん中に大きな柱があり、演出も演技も大変でしょう。
今回は柱で二分された客席の間に病院のベッドが置かれてて、なるほど面白い試みだと思いました。
ほとんど客席の中に舞台が食い込んでいる感じです。
この舞台と客席の近さがキューピーの舞台の良さをさらに際立たせるんですよね。楽しみ楽しみ。
でもさすがに一人では、客席と間違えてベッドに腰掛ける、といったお約束のボケもはばかられ、泣く泣くスルーしました。寂しい…。

始まる前は舞台の狭さにどうなることかと心配していましたが、始まってみると狭さはそれほど苦にはなりませんでした。
それよりもコンパクトにまとめた最小限のセットには感心しましたね。
何と言うか等身大ドールハウス?を連想してしまいました。

さすがに何度も再演を繰り返しているだけあって、以前は、ん?って思ったような流れも、それとなく台詞の中に説明が入っていて、とてもわかりやすかったですね。
加えて、各キャラがそれぞれ個性的で、とても魅力的でした。

ただまぁ芝居ですからいろんなトラブルがあるわけで。
音楽が台詞にかぶってしまったり…。
いやぁ思わず四半世紀も前の古傷が疼きました。
その昔若かりし頃、とある劇団にスタッフを頼まれて音響効果に手を出したことがあります。やめときゃよかったのにね。
まぁ素人なんでしょうがないんですが。
一番のクライマックスでやっちゃったんですよ。
場面転換の時に前の音を下げ忘れて次の場にしばらくかぶっちゃったんです。
あん時はホント、冷や汗が滝のように流れましたね。

トラブル…。ただそれも演劇の醍醐味、と言うこともできます。
今回、舞台となる映画館のセットのドアの建て付けが悪いのが、最初から気になっていました。
案の定、途中からきちんと閉まらなくなってきて、晋平の母、美智子がハケるシーンでついに立ち往生する事態に。
ここからは多分アドリブなんだと思いますが

美智子 「あーん困ったわどうしましょう」(みたいな演技)
坂田のおばちゃん 「ふんっ」(頑張って閉めようとするが閉まらない)
ワタシ (ドキドキ…)
坂田のおばちゃん 「明日直しましょ!」

会場爆笑。拍手喝采でした。
さすがキューピーマジックの飛び道具、紅子さん。
あっと言う間に、建て付けの悪さがシナリオの一部になってしまいました。
と言うか、最初からこれ狙っての建て付けの悪さだったら、びっくりですよね。
でも、そうかも…と思わせる自然さは、リアルな演技を追求するキューピーならではだと思います。
台詞のキャッチボール万歳!



小さい頃に母親に捨てられたと思い込んでいた息子の物語なわけですが。
それにしてもこの台本、息子の気持ちが痛いほどわかります。
こんないい歳になっても、いや、なったからこそ、かもしれませんが、胸が締め付けられます。
女性から見たらどうなんでしょう。

「きもっ」

とか思う女性は多いんでしょうか。
パンフレットで座長さんが「マザコン」と書かれてましたが、世の息子たちには普遍的な感情なのではないでしょうかね。
思わず、もし自分が昔に戻って自分より若い母親に会ったら…と考えずにいられませんでした。



その昔、ワタシが中学生から高校生の頃。
2階で勉強していると、深夜を過ぎた頃、母親がそっと部屋をのぞきに来ることがよくありました。
遅くまで勉強している息子の様子を見にきた風情でしたが、特に何を話すでもなく、ドアの外からこちらを長いこと見ていました。

(何だよ、用がないなら早く寝ればいいのに)

なんて心の中で思っていた時もありました。
ところがある時気づきました。
母親の寂しそうな顔。今にも泣き出しそうな表情。
そして目の下の「青タン」に。

おそらく親父に殴られたんでしょう。
親父のいる1階にいられず、2階に上がって来てたんですね。
でも息子の部屋に入るところまでは出来ない…。
そういう時の母親には、ワタシの部屋のドアの外にしか居場所がなかったんだ、と、今となっては思います。
今、あの場所に戻れるなら、ワタシは母親に何を言ってあげられるんでしょう?
何を言ってあげたらいいんでしょう?

「40年後のあなたの息子は、ちゃんと人の心の痛みがわかる、わかりたいと思う、少なくとも親父よりはマシな大人に育っていますよ」

「何よりそれは、あなたのおかげですよ」

そんな風に言ってあげたら、あの悲しそうな顔に少しは笑顔が戻るでしょうかね。

なんのこと?意味わかんねーと思いますよね。
確かにワタシのシチュエーションと今回の演目とはまったく違いますし。
でもワタシにとってあの時代のあの部屋のあの光景とは、ふとした瞬間に時空のゆがみでつながるような気がしたんです。



自分より歳の若い母親に

「えらかったね。頑張ったね」

そう頭を撫でられ

「うん…うん…」

真っ赤な顔で、そうとしか言えない晋平を観ながら、涙が止まりませんでした。
涙がボロボロこぼれ落ちるのがわかりました。
ホント今回ばかりは一人で観に来て良かったです。ちょっと恥ずかしかったな…。



キューピーマジックっていつもワタシだけのために舞台をやってくれるんですよ。
信じられないでしょうが、本当なんです。
でも皆さんも同じように感じているのかもしれませんね。

今回もまた暖かいホカホカした気持ちで劇場を後にしました。
皆さんはどうでしたか。

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Vol.66 四人姉妹 [キューピーマジック]

座キューピーマジック公演『Vol.66 四人姉妹』に観に行ってきました。
今回の公演はいつもと違います。
今流行りのクラウドファンディングで出資を募った公演なんです。
確かに役者さんが多量のチケットノルマを抱えていると、時間的にも精神的にも腰を据えて稽古できないかもしれませんね。
役者さんも大変です…。

ということでワタシも一口乗らせていただきました。
少しでもお役に立てたとしたら嬉しいですね。
チケット付きのコースを選んだので、今回の公演はご招待扱い。

いつものように家族4人で申し込んでいたのですが、受験生の娘は直前に模試があったり、おまけに膨大に出された課題を消化できずに、あえなくキャンセルとなりました。
結局、ワタシとカミサン、そして中二の息子と、3人での観劇となりました。
楽日、日曜日のマチネです。

当日、娘は学校の自習会に出席するため学校へ。
朝、クルマで娘を送り、その足でそのまま下北沢に向かいます。
いつもより少し遅めの出発だったので、ちょっとギリギリかな?お昼食べる時間がないかも?と心配したのですが、大きな渋滞もなく、何とかお昼を食べてから会場入りすることができました。



会場入りすると、うらさびれたバーのセット。
客席の奥のほうにはバーのセットとは違う雰囲気のベンチが一つ。
これは何かある!きっと誰かが座るはず!と直感したワタシは、ベンチのすぐそばに席を取りました。
それが自分に何をもたらすかを知りもしないで…。

客入れの曲は昔懐かしいムード歌謡。
バーのセットと合わせて昭和な感じがいっぱいでした。
どの曲も懐かしくて、気づくと思わず口ずさんでいるワタシでした。
何曲流れたのか知りませんが、全曲フルコーラス歌えたワタシって…。
おまけに伴奏まで歌えました!(そこ自慢するところじゃないし)
もし女子高生連れてきてたら、絶対白い目で見られるところです(汗)。
でも、客入れのスタッフのお兄さんが曲に合わせて身体でリズムを取っていたのがとっても可愛かったです(笑)。


さてさて、いつもの長い前置きはこれくらいにして。
以下、ネタバレあります。
ご注意ください。





8年ぶりの再演となる『Vol.66 四人姉妹』。
『四人姉妹』と言えば個人的には思い入れがあります。
ワタシがキューピーマジックを初めて観たのが『Vol.12 四人姉妹』でした。
思えばあれからワタシのキューピーマジック人生がスタートしたのです(笑)。

初めて観た『Vol.12 四人姉妹』ではあのサテュロスはまだ出てきません。
それでもすごい楽しくて面白くて引き込まれたのを今でも憶えています。

サテュロスが登場したのは次の『Vol.25 四人姉妹』から。

「もふもふで可愛かったのーっ!」
「頭の角を触りたかったのーっ!」

と、大興奮のカミサンでした。
その後、四人姉妹に限って言えば、ずっと観てないですね。
劇団のサイトで確認すると…。
『Vol.38 四人姉妹』は息子の出産直前だったし。
『Vol.52 四人姉妹』は大雪だったり親父が入院したり手術したり。
だから四人姉妹はちょうど20年ぶりですっ!
いやはやもうびっくりです。

ブランクは長かったですが、ストーリーはほとんど変わってないですね。
あれから大きなリライトもなく続いていたんですね。
脚本が変わらないってことはやはり基本的に良くできた演目なんでしょう。

そういえば酒屋のお兄さんって、名前が金子良夫なんですね。
ワタシの記憶が正しければ、金子良夫って『Vol.20 愛をあたえることに疲れた天使と愛を奪うことに疲れた魔女の物語』(現演題:ムーンライト・セレナーデ)に出てくる、緊張すると気絶するっていう、あのぶっ飛んだキャラじゃなかったでしたっけ。
開演前にパンフレットを見てて、思わずカミサンと顔を見合わせてしまいました。
でも今回の舞台を観たところではキャラ的にはちょっと違うような気が。
名前は同じだけど別人なんでしょうか。
異なる演目間で横断的に登場する、御所河原さゆりみたいなキャラがまた増えたのか、と思って期待したのですが、違いますねきっと。

座長さんが胸を張るだけあって、特に良かったですねー、今回の公演。
登場人物それぞれの個性がキチンと感じられて皆さんがとても魅力的でした。

無駄に力が入らない自然な演技はキューピーマジックならでは。
芝居だとはわかっていても、舞台の上での役者さんは本当にそこに、リアルで生きて(死んでいる人もw)いるって感じました。
先に書きましたが、ワタシが座った席の真ん前は公園のベンチ。
霊能力者を探しに出かけた三姉とサテュロスが待ち合わせた場所でした。
探し疲れてぐったりしながら話している場面。
もうホントにね、目の前なんですよ。
そのまま手を出せば触れる(触りませんが)。
前かがみになれば匂いが嗅げ…(犯罪です)。

それくらい近くで観てて気付きました。
かすかな息づかいすらホントにリアルなんです。
他の人の台詞に合わせて「フッ」とか吐息が聞こえるんです。
あれ多分他の誰にも聞こえないですよ。
かぶりつきのワタシだけの特権。
観ていて鳥肌が立ちました。
役者さんってすごいですね。

ただ、そこで来るとは思わなかった。
「うんこの足跡つけて〜!」
20年前は最前列で、今回もまた目の前で、直撃弾を浴びました。
(うんこの直撃って言うと語弊がありますか?)
油断してたもんだからボディに効きました。内臓ねじ切れました。

そしてその後に出てくる、三姉+女神の、シンクロ振り付き「うんこの足跡」。
ここは三姉が女神の口を借りて見えない自分たちの存在を伝えようとする、かなりシリアスな場面。
そこでこれだもの。
可笑しさとお腹の痛さと息ができない苦しさと。(そんな歌あったような?すみません昭和で)
もうホント、涙流しながら身体よじって笑ってました。
昔の感想でも書いたことがありますが、キューピーマジックって泣きながら笑わされることが多いです。
それがまた気持ちいいんですよね。



物語的には、末娘の自立とか、生きがいってなんだとか、そういうお話なのかもしれません。
でもワタシが一番心をつかまれたのは、最後の最後。
三姉が旅立つ時に「もし生き返ったら何したい?」という問いに、長女が「お父さんとお母さんを許すっ!」って答えるシーンでした。(カミサンも同意見)

「ズキュン!」
もうね、胸元をライフルで撃ち抜かれた気分でした。
公演が終わって客席が明るくなるまでに体裁を整えるのに苦労しましたよ。





前にblogでも書いたんですが。
ワタシは本当に親父が大嫌いでした。
人間として嫌いでした。その存在自体が嫌いでした。

でも亡くなる前。まだ親父が入院していた頃。
ワタシは毎晩付き添いで病室に泊まり込んでいました。
いろいろあって、拘束具を着けられベッドに縛りつけられた親父を見つめながら、何時間も眠れずにいたものでした。
そういえばこれまでお互い避けてばかりいて、こんなに長い間一緒にいることは他になかったんじゃないかなぁ、と気づきました。
理由はどうあれ、そうやって一緒に過ごすことが、ちょっと嬉しかった気がします。

あの時、親父は何を考えていたのかな。
自分からしゃべることはないし、こちらから話すこともないので、いたって静かな病室でした。
あ、一回ふざけて看護師のフリをして声をかけてたら「ヘクダラズ言ってんなっ!」って怒ったことがありましたね。
(ヘクダラズ=屁のようにくだらないこと)
お〜正気の時もあるんだ〜って、驚いたり笑ったりもしましたが、今となっては、それが親父が息子を認識して面と向かって発した、息子への最後の言葉でした。

亡くなった後。
どうしたわけかワタシは遺影に毎日話しかけてます(心の中で)。
あれだけ嫌っていた父親なんですがね。
どうしてなんでしょう。
ワタシってこんなに親父が好きだった?と、自分で自分を笑ってしまいます。

病院に泊まり込んでいたあの数週間。
あの頃からワタシは親父を許していたのかな〜。
今回の公演を見終わった後、何となくそんなふうに思いました。
あの長女のようにきっぱりと宣言するほどじゃないけど、何週間もかけてじわじわと許したんでしょうね。きっと。
今親父に思うことは、そのほとんどが「感謝」です。
あとは少しの「後悔」と。
親父が生きているうちにその感謝を伝えられなかったのは、悪かったな、と思います。



「お父さんとお母さんを許すっ!」

20年ぶりに『四人姉妹』を観て、また一つ大好きなシーンが増えました。
そんなことを考えつつ、今日も遺影の笑顔に手を合わせるワタシです。

みなさんはいかがでしたか?

chirashi66.jpg

そうそう。
連れて行った中二の息子。
彼には少し刺激が強すぎたようです。

「右のおっぱい?それとも左のおっぱい?」


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豆Vol.10 ルームメイト [キューピーマジック]

キューピーマジックの豆キューピット公演『Vol.10 ルームメイト』を観に行ってきました。
個人的には豆キューピッ「ド」なんじゃないかと思うんですが、公演ハガキの表記を尊重して豆キューピットということにします。
が、長いので以後「豆公演」と記します(汗)。

さてさて、その豆公演が帰ってきました。
11年ぶりだそうです。
前回は2005年『豆Vol.9 シオン』でしたもんね。
月日が経つのは早いもんですね〜。
もともと豆公演とは、若手主体の実験的公演、といった位置付けでした。
今回も若手が中心となって行うとのことでしたが、ここ何回かの豆公演は実験的というよりも本公演により近い、仕上がった形での公演が続いていました。

今回も楽日のマチネ。
ダブルキャストのAパターンでした。
メンツは、課題持ち込みの女子高生姉と、宿題ナニソレオイシイノ厨房弟と、ワタシの3人です。
チケットは最初4枚でお願いしてたのですが、カミサンが仕事で脱落し、1枚キャンセルしてしまいました。
道中、渋滞の可能性もあるので早めに出発。
渋滞もなく順調に着いたので、結構余裕を持ってお昼ご飯を食べられました。

今回の劇場は、初めての場所。小劇場「楽園」です。
会場入りしてみるとビックリ。
客席がくの字になってます。
四角い会場の二方向に客席が並んでいるんです。
芝居を見ながら、観客の顔が見える。
役者と客席が相対さない、というのは初めての経験でした。
始まる前は、芝居に集中できないかな〜って心配でしたが、始まってみるとそれほど苦じゃなかったですね。
ふと素に戻って、他のお客さんの反応はどうかな?なんて気をもんでみたり。
それはそれで珍しくも楽しい体験でした。

前置きはこの辺で。
以下ネタバレあります。
ご注意ください。





「ルームメイト」という演目は、本公演を入れて今回3回目の観劇です。
キューピーマジックはどれも好きな演目ばかりですが、「ルームメイト」はその中でも特に大好きな演目です。
あらすじはもうわかっているので「え?そっそうなの?!」みたいな驚きはありません。
でも、思わず入り込んじゃうんですよね〜。
脚本的にはやはり何度も公演を重ねているだけあって、よく練られてわかりやすくなっているように感じました。
初見の子供たちが「???」から「!!!」と変わる瞬間を隣で感じて、ワタシもうれしかったです。

とはいえ。
やはり若手メインだけあって多少力が入り過ぎな印象を受けました。
あれだけ小さい劇場なんだからもっともっと力を抜いてもよかったかも。
豆公演なんだから思い切って極端に、つぶやくくらいの声量でも聞こえると思いました。
時間的には真夜中のシーンが多いんだしね。
もっとひそひそ声でもよかったんじゃないかなぁ。

感情の幅というのか、力を入れるところと抜くところのギャップ、をもっと大きく取ってもらうと、感情の振り幅?振られ幅?が大きくなって気持ちよかったかも。
ツボは押さえても一本調子だとチョットね。
もっと押したり引いたりされたかったかなぁ。
それでもやはりキューピーらしさってのは充分にあって。
見終わってふんわりホカホカする感じは、まさしくキューピーマジック臭(においかっ!)。



これはわたくしごとですが。
最近立て続けに知り合いが脳梗塞で倒れまして。
でもみんな何とか持ちこたえて今はリハビリ中で頑張って生きています。
ただそのうちの一人はホントに危機的状況で、もうダメかと覚悟した時もありました。
公演とは直接的には関係ないっちゃないんですケド。
終盤観てて、その時のドキドキ感が蘇ってきてヤバかったです。

大きな運命の流れを目の当たりにして、なすすべもなく立ち尽くす自分。
そんなこともあってかどうか。
亜由美の「もうどうしたらいいかわからない」という気持ちが、すごくリアルに心に届きました。
何とかして葉子を救いたい、最初はそんなことも考えていたのでしょう。
でも毎日毎日飛び降りる葉子を見せられて、諦めや無力感が徐々に蓄積されていき…。
それでもやはり毎日毎日葉子は飛び降りる。
そんな1ヶ月。
「わたしどうしたらいいの?」
「だれかたすけて…」
そんな、悲痛な心の叫び、助けを求める声、がヒシヒシと伝わってきました。
それでも葉子に対しては優しい笑顔を向ける亜由美。
胸が締めつけられました。

そしてまた逆に、葉子が亜由美に向ける笑顔の下の、どうにもならない苦しい気持ちも。
明るくあっけらかんとした亜由美の恋愛話。
それとは対照的な葉子の秘めた恋愛。
亜由美の恋愛と心の中で比較しながら、葉子はどれだけ辛い気持ちを積み重ねてきたんでしょうか。
許されない恋、自分でも許せなかった恋だったんでしょう。
それでも亜由美に打ち明けられさえすれば、あんな事にはならなかったはず。
自分の死を知って、この1ヶ月の亜由美の辛さを知り、心配をかけまいと力いっぱい笑顔を見せようとして、泣き笑いの葉子。
終盤のクライマックスの二人のやりとりには胸をえぐられるようでした。

この歳になるといろいろな死と関わり合うことがあります。
何度経験しても、死を受け入れるって本当に難しいです。
それが、とても大切な人だったりするとなおさらですし、さらには自分の死なんてことになると…。
ある程度時間が解決する部分もあるでしょうが、それでも落ち着くまでは七転八倒するんです、どうしても。
そんな自分の経験と、主人公二人の心の動きが、まるでシンクロするかのようでした。

そして安定の御所河原さゆり先生。
格好いいんだよな〜。
ワタシの中では野村萬斎の安倍晴明と並び立つ存在。
今世紀最高の霊媒師。
これほどの人はもう二度と出てこないでしょう。
ホントもう「今世紀最高」を名のって良いです。
何かに打ちひしがれた時、この人に黙って背中なんかさすってもらったら、それだけでもう号泣しそうです。

豆公演とは言いながらまとまりも良く完成度の高い公演。
とっても良かったです。
Bパターンも見てみたかったな。



小劇場「楽園」は客出しスペースがなくて劇場前の歩道がいっぱいいっぱい。
そこで帰りがけに座長の田窪さんと少しお話ししました。
頑張って新作も書いているそうで、そっちもまた楽しみです。

というわけで。
今回もまた心の洗濯ができました。
皆さんはいかがでしたか。

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Vol.65 グッドバイ [キューピーマジック]

座キューピーマジック公演『Vol.65 グッドバイ』を観に行ってきました。
演目としては7年ぶりとなるそうです。

実は今回も、高校生の娘はテスト前で勉強が佳境に入り、中学生の息子は土曜日が一日部活で潰れて宿題が手付かず状態。
ばぁちゃんはこの一か月間というもの腰痛がひどくて、寝たり起きたりの毎日。
カミサンは4月から超忙しい部署に異動しており、土日もないような生活を続けています。
ヒマなのワタシだけ(汗)?
いやいや、ワタシも仕事にPTAにいろいろあるんですよぉ。

そこで例によって、子供たちは行き帰りの車の中で勉強することにし…。
カミサンは休日の仕事を次週に先送り。
ばぁちゃんには一日中寝ててもらうことで同意をもらい。
ワタシは公演当日の朝までかかって月曜の会議資料を作成してメール送信っと。
いつものことですが綱渡り的な状況でのキューピー観劇となりました。



このblogを始めたのは2004年からですが、それ以前からもキューピーマジック公演の感想文をホームページという形で公開してはいました。
後にホームページからblogへと移行する際、感想文は全てそのままblogに引っ越ししました。

昔の公演を手繰ってみるとわかるんですがこの演目は一度しか観ていなんです。
1995年の『Vol.19 グッド・バイ』ですね。
実はワタシの感想文にしては珍しく、あんまり良い感想ではありません。
そうなんです。面白くなかったんです。
その時のワタシの琴線には触れなかったというか…。
あの公演は、会場の冷房が効き過ぎて超寒かったことと、幽霊が超怖かったこと、それから、でかいカエルの上での御所河原さゆりの踊りが可愛かった…と、それくらいの印象しかありません。
物語の概要すら憶えていないんです(汗)。

元々ワタシもカミサンもドタバタ喜劇は好きなほう。
例えば「お江戸でござる」とか(古っ:笑)最近では「トットてれび」なんか大好きアル。
それなのに…。あの時は何だろう、ドタバタさ加減と、リアリティあふれる幽霊、会場の寒さ。それぞれがワタシの中でかみ合わなかったのかもしれません。
今回初めて、こんなストーリーだったんだ…とわかった次第で(滝汗)。

その後の『グッドバイ』というと、キューピーマジックが劇団からプロデュースに変わって初めての公演がちょうど『Vol.51 グッドバイ』でした。
そのタイミングで『グッドバイ』を持ってくるということは、この演目にはかなり思い入れがあるのだろうと思いましたし、みなさんお気づきかどうか…その公演から題名が『グッド・バイ』から『グッドバイ』に微妙に変わっているんです。これは怪しい!何かあるっ!
そこはぜひ観にいきたかったのですが、当時のカレンダーを巻き戻してみてみると通院や娘の運動会などで都合がつかなかったのでした。残念。

そんな往年の『グッドバイ』への宙ぶらりんな気持ちに決着をつけるべく、今回はどうしても行きたかったのです。
状況的にはかなり無理をしましたが行って観て良かったです。

例によって日曜日のマチネ。楽日楽ステです。
開場時間すぐに到着したのですが、客席はもうほとんど埋まってて最後列しか開いていないくらい、いっぱいのお客さんでした。
やはり開場30分前くらいに着いて、少し並ぶくらいじゃないとダメですか?
キューピーマジック人気恐るべし。

おっとまたまた前置きが長くなりました。
以下ネタバレあります。
ご注意ください。





前回公演『Vol.64 大きな銀杏の樹の下の小さな泉』では客入れの時からもうマスターが開店準備をしている演技が始まっていてなかなか面白かったですよね。
今回の客入れでは、受付や、チケットもぎり、会場案内など、そこかしこで幽霊たちが忙しく働いており、あの世も何かと大変じゃの〜と、到着からとても楽しめました。

そんな今回の公演。
一言で表すと「ホラーコメディ」なんでしょうけど、それだけではないような気が。…まぁそれは後で。
歌やダンスも飛び出して、ワタシなど古いファンには往年の「豆キューピッド(若手主体の実験的公演)」を彷彿とさせる公演でした。
気合いというか熱気というか、役者が楽しんでる感満載の、素晴らしい舞台でしたね。

冒頭の、女中がストーリテラーかと思わせて、まさかのイジメ(爆)?
ツカミはばっちりでしたね。
Vol.19 グッド・バイ』では、なかった場面だったような気がします。
あのくだりがなくて、いきなりベッドシーンだとチョット…ね。

そんな中で特に好きなキャラと言えばやはり御所河原さゆりでしょうか。
殺陣も格好良くて惚れ惚れしました。
御所河原さゆりは、『四人姉妹』とか、他の演目にも顔を出すこともあります。
『ルームメイト』とかにも…ってあれは別キャラでしたっけ?
ぜひ、手塚漫画でいうところの「ヒョウタンツギ」(爆)のような存在になってほしいですね。



終盤を観てて思いました。

「自分にとって、生きがいって何だろう?」

趣味がっていうほどのめりこんでいないし、子供っていうとまた生きがいとはちょっと違うような気もするし、まかり間違って仕事ってことは200%ありえない。
中には私の生きがいはコレですって断言できる人もいるでしょうが、もしかすると生きがいってのは人それぞれで定義が違うのかもしれませんね。
ワタシの場合、生きていく上での楽しみはいろいろあっても、生きがいと言えるものって改めて考えると思いつかないな、なんて考えながら観ていました。

あれだけ自分の死を認めなかった主人公が終盤で急に「生きがいなんてなかったんだ」と気づき、自分の死を受け入れるところ。
なんだかとても唐突な感じがした半面、実際そんなものなのかもしれないな?とも思いました。

閻魔大王や前妻に引きずられてということではなく、自分の足で、自分の意志であの世への階段を上がっていく。
ふと振り返り、自分の人生に「グッドバイ」と告げる、そんな最後のシーンでは胸が苦しくなりました。
自分が死に至る時には、同じように死を受け入れて、人生の終わりに納得して旅立ちたいな、そんなふう死ぬことが幸せというものなのかもしれないな、なんてことを暗転の中で考えていました。

そうそう、主人公が自分の死を受け入れる前と後。
閻魔大王の顔つきが全然違っていたのに気づきました。
それまでは自分勝手でわがままでスケベオヤジな感じだったのが、一転、好々爺っていうのか仙人というのか、閻魔大王と言うより神様仏様のような顔になってました。
ワタシの心がそう見せたのか、照明の妙技なのか、もしかしてもしかしたら演技だった(笑)?
般若のお面が演者の動きによっていろんな表情を見せるのに似て、役者っていうのはすごいな〜って改めて思いました。



今まで20年間も自分の中で不完全燃焼だった『グッドバイ』。
完全燃焼して灰になるまでやりましょう。
今回は長いです。とことん行きますよ。
ついてこれますかね(笑)?

最近子供たちも観劇に付き合うようになって、今や毎回恒例になっていること。
毎回観終わった直後にケーキ屋さんのテーブルを囲んで行う、反省会ならぬ、「キューピーマジック公演分析会議(仮)」。
あれはこういうことだろう、とか、ここはこういう意味だろう、とか、家族全員で脚本の確認。
それによって家族個々の感想が、うらづけられたり、修正されたり、さらには新しい発見があったりします。
役者さんが集まって脚本を元に役作りをする、その逆バージョン?いや観客版とも言うべき?
そんな今回の「分析会議」にて盛り上がったのは…。



「誰が犯人か」

前妻、政子の死因は、たまたま生け花にトリカブトが混じっていて、たまたまその剣山を政子が踏んでしまった、こと。
誰がどう見ても殺人でしょうコレは、というのが家族みんなの意見。
では誰が犯人か。
普通に考えて主人公、幸吉、というのが妥当なところ。
死んでほしいと願ってたと自分でも言ってましたしね。

それでは…。
その幸吉はなぜ死んだのか。
死因は明らかになっていませんが、急性アルコール中毒ではないでしょうから、おそらく心臓発作かなにか。
…ホント?

主人公の死で、得をする人物…。
今回の事件で得をするのは誰か?
それはもうダントツ「後妻」ですよね。
莫大かどうかはわかりませんが、そこそこな遺産が手に入るわけですから。
そこでワタシたち家族は「後妻犯人説」で検証を開始しました。



そもそも3ヵ月前は主人公の弟と付き合っていた。
そこで売れっ子ホラー作家で金持ちの兄のことを知り、兄と結婚したのちに殺害して遺産を相続する計画を立てる。
主人公兄弟はそれほど仲が良い様子ではなかったし、もしかすると弟もグルなのかもしれないですね。

ところで、御所河原さゆりが味方として呼び出そうとした「シロウちゃん」。
結局は出てこなかったわけですが、さて誰が怖くて出てこなかったのか。
前妻?いや、でもシロウちゃんは「大勢来るから」って言ってなかったかな。
そういえば前妻は「前からここにいた」って言ってたしな。
ということは前妻ではなさそうですね。

そもそもあの後、誰が登場したか?
そう、後妻、綾、じゃないですか。
その後を追ってチャイナドレスや閻魔大王がやってくるわけです。
でも…と、ワタシたち家族は考えました。
閻魔大王が怖いというならまだしも、チャイナドレスたちが怖いというのはどうだろう?あまり説得力がないように感じます。
それより「あの女、綾が大勢を引き連れてやってくるように、シロウちゃんには見えた」と考えたほうがスッキリします。
シロウちゃんは、よほど綾が怖かったのだ、と思います。
それは、実際に死んではいない人間なのにあの世からやってくる得体のしれないものだから、という考え方もできます。
でも実は、シロウちゃんには綾の正体が分かっていた、ということもあるかもしれません。
それほど恐ろしい女だった、ということかも。

単細胞な弟、徹を足がかりに、売れっ子作家の兄、幸吉と知り合い、徹をそそのかして幸吉を殺害。
その後、徹とよりを戻せば、遺産は我がものに。
そして二人は北海道で、時効が確定するまで身を隠す。
最終的には徹を猟銃で撃ち殺すなりしてしまえば…。

そこまで行ったら、もしかしたらもしかして。
前妻、政子を殺したのは…?
すごいですね。そこまで計画的だったとは。
綾、恐ろしい子(白目)。


公演の中であまり意味を持たないように見えたシロウちゃんのくだりが、そんなふうに考えると、あるメッセージを持っていたように感じます。

幽霊より怖いもの。それは「人間」。



う〜む、深い。深いな〜。
ということで、この『グッドバイ』という脚本。
ウチの家族の中では、ホラーコメディーではなく、なんと「犯人探し」の「ミステリー」という分類に落ち着きました(笑)。
皆さんはいかがでしたか?

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Vol.64 大きな銀杏の樹の下の小さな泉 [キューピーマジック]

座キューピーマジック公演『Vol.64 大きな銀杏の樹の下の小さな泉』を観てきました。
5年ぶりの再演だそうで。
この演目を前に観たのはいつだったかな?と思ってblogをさかのぼってみると…。

なんと2002年!今から13年前の『Vol.37 大きな銀杏の樹の下の小さな泉』でした。
そういえば、カミサンがつわりでドタキャンしたんでしたっけね。
その時お腹にいた子が、スクスク育って、今や小学6年生です。
いや〜月日が経つのは早いもんです。光陰矢の如し。
そんなこんなでこの演目は、私以外の家族は初見になります。

当初、例によって土曜日のマチネを予約していましたが、間近になって急に娘の高校が土曜講習となり、急きょチケットを日曜日のマチネに変更していただきました。
そうです、娘はまた今回も課題を持って車の中で勉強しながらの東京行き。
課題が終わるかどうか厳しいのはわかっていても、それでも「行きたい!」という娘のたっての希望でした。
この母にしてこの娘あり。
まあ良いでしょう。これも社会勉強です。

日曜日は楽日なので、ここはやっぱり打ち上げ用にお酒でしょう。
ということで知り合いの酒屋さんから、卸し向けで一般売りしないという特別な梅酒を無理言って譲ってもらい、差し入れとしました。
打ち上げで劇団の皆さんに呑んでもらったかな。
もしかして田窪さんが独り占めしたかも?

客入れの時からもうマスターが開店準備をしている、という趣向は良かったですね。
絶対に珈琲飲みたくなるからと思って直前にお昼をたらふく食べたのですが、案の定、のどの渇きとお腹の音は抑えられませんでした。


またまた前置きが長くなりそうなのでこの辺で。
以下ネタバレあります。
ご注意ください。




物語的には前に観た公演と大きく違わない様子。
何の変哲も無い、普通の日常を、季節ごとに切り取った、あの感じ。

思い起こせば、前回見た頃のキューピーマジックって、すごく油がのってた頃でした。
観るたび、観るたび、どんどん成長するのが目にみえて感じられました。
それがまた、煮詰まって煮詰まって、どんどん濃くなる、という成長ではなく。
濁りがなくなりどんどん澄んでいくような。
不純物が取り去られてキラキラ輝く、例えば蒸留水が作られていくのを観るような。
その頃のキューピーマジックの芝居はそんな感じでした。
一見抑え気味、誇張がない。でも逆に肩の力が抜けた、本当に透明感あふれるリアルな演技。

あれから十何年。
劇団からプロデュースに大きく変わったキューピーマジック。
まだまだ荒削りだけど力強さは感じます。
あと何だろ、演じている役者の楽しさが伝わってきますね。
時代と役者は変わっても、根っこのところは全然変わらないんだな、と改めて気づき、嬉しくなりました。




幽霊も亡霊も幻も、善人も悪人も出てこない。
何の変哲もない、どこにでもいる普通の人だけの、どこにでもある普通の日常。
この演目こそが、キューピーマジックの真骨頂なのかな、と思いました。

辛く、厳しく、苦しく、悲しい。
そんな日常の中にちりばめられた、わずかな喜び、楽しみ、希望。
それがあるからまた明日も歩いていける。
だからこそ日常。それこそが日常。
キューピーマジック演じる日常は強く鋭い。
でも同時に優しく暖かくもあります。
ワタシはそんなところに強く共感するのです。




またまたワタクシごとで恐縮です。
最近社内でゴタゴタがあって、退職された方がいらっしゃいました。
いや最近じゃないですね。ゴタゴタの種はずっと前からありました。
会社のことなので、あんまり詳しくは書けませんが。

あの喫茶店の、張り詰めた空気感。
気まずい雰囲気。
言いたいのに言えないモヤモヤ。
言ってしまった罪悪感。
関わることと関わらないことの正義。
すべて投げ出して楽になりたいという衝動。

どれもこれも、実際の日常と今回の公演は、まったくの同列。同じ重さです。
ドラマチックな展開も何にもないような日常でも、切り取ってつなげれば、そのまま舞台になってしまうんですね。
と言うか逆に、舞台を演じるように日々を過ごしているんだなワタシは。ってのが今回の公演を観終わった時の感想でした。



父親が神様に向かって叫ぶシーン。
わかっちゃいたけど、やっぱりやられちゃったなー。
あれは父親なら泣きますって絶対。
もう恥ずかしくて、客出しで役者さんと目を合わせられませんでした。
挨拶もそこそこに逃げるように劇場を出てきました。
おかげで、今回のチラシの絵に人間が一人も描かれていないのは何か意味があるのか、座長さんに聞いてみようと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていました。

あと、劇団員だった大好きな岡野さんを久しぶりに観られて嬉しかったです。
Aパターンで岡野さん出ないと思っていたら、なんと女医さんのサプライズ。
思わずガッツポーズしそうになりました。


相変わらず、明日を生きる勇気がもらえる、素敵な公演でした。
皆さんはいかがでしたか。

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Vol.63 宇津木彰のメランコリー [キューピーマジック]

キューピーマジック公演『Vol.63 宇津木彰のメランコリー』を観に行ってきました。
7年ぶり、『Vol.49 ライフ』以来の新作です。
これはもう無条件で行かなくては…と言いたいところですが、昨年の公演『Vol.61 想い出のテラス』以来、バタバタしておりまして…。

まず、親父が亡くなりました。
まぁ最後の5年間は半分寝たきりでしたから、いつかこの時が来るとは思っていました。
ラスト2週間の辛いことってなかったです。
そんなこんなで前回公演『Vol.62 僕と真夜中の僕』は結局観に行けずじまい。

そして年が明けて今年。
Vol.47 プリズマティック・オーシャン』でキューピーデビューしたウチのお姉ちゃんは、この4月から晴れて女子高生となりました。
これがちょっと…と言うか、大変な進学校(自称)でして、毎日毎日毎日毎日…勉強に明け暮れています。
毎日課題が山のように出るのは普通で、毎日テストがあり合格しないと放課後補習、さらには土日祝祭日もすべて学校を開けているのでいつでも登校して勉強しろ、という超スパルタンな学校なんです。
入学前にも結構大変な学校とは聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。
お姉ちゃんはそんな感じで綱渡り的な日々を過ごしており、こりゃキューピー観に行くのは難しいかな…と思っていました。

そしてさらには、土曜日は弟くんの学校の運動会。
土曜日の天気次第では日曜日にずれ込む可能性もあります。
ギリギリ、最後の最後まで予断を許さない状況でしたが、無事土曜日に運動会を終えたこともあり、お姉ちゃんには勉強道具を持たせてのキューピーマジック観劇の旅となりました。
机上の勉強も大切ですが、社会勉強、人生勉強もこれまた大切。

「学校よりキューピーマジックのほうが大切でしょ」
「往復8時間あるから車の中で充分勉強できる」

と言いくるめ…。
ひどい親だなおい(汗)。

またまた前置きが長くなりそうなのでこの辺で。
以下ネタバレあります。
ご注意ください。





何だろう。
すごくモヤっと…フワッとした感じ?
いろんな場面で説明が足りないというか、あえて説明しないということなんでしょうか。
観る人によって色々な取り方ができる脚本だね、とはカミサンと同意見。

一番の疑問は、あの元彼女たち。
いったい何だったのでしょう。
まぼろしなのか?幽霊なのか?それとももっと違う何か(何だ?)とか?
最初はまぼろしだと思って観ていたんですが、後で大家さんにも見えることがわかり、もしかして幽霊なのかと。
でも、元カノが4人とも死んでるってのもどうよ?と思い直し…。
精神的に追い詰められた主人公と大家さんの中に、何か同調、共鳴するものがあって、同じまぼろしが見えたとか?
なんて思っていると今度は「あなたの赤ちゃんが欲しかったわ」とかいう台詞にかぶせて遮断機の音が流れ、やっぱり死んでる?と思ったり。

それを言ったら父親もそうですよね。
生き霊なのか幽霊なのか。
見方によってはストーリーが色々な方向に膨らんでいきそうなお話です。

ワタシ的には「まぼろしと幽霊のハイブリッド説」(爆)だったりします。
そもそも舞台に出てくる父親も、実は父親本人ではなく、主人公が作り上げた父親像、まぼろしなんじゃないかな。
それは確かに厳しい父親ではあったんでしょう。

「不肖の息子だ!」

そんな風に言われたこともあったのかもしれません。
でも本物の父親はそれだけではなかったハズ。
何度も出てくる「言い返してみろ」という台詞が、ワタシには「私を乗り越えて行け」と父親がハッパをかけているように聞こえるんです。
そこには大きな親の愛情を感じます。

自分が作り上げた厳しい父親から独り立ちできず、もがき苦しむ息子。
そんな物語にワタシは受け取りました。

そうそうリーフレットには「ミッドライフクライシス」がテーマと書かれていました。
少し意味が違うかもしれませんが、小さい頃に受けた父親の印象が、かなり大人になってから、自己の存在を脅かすようなものとなる、そんな物語の象徴としての「ミッドライフクライシス」なのかな、と思いました。
そういえば舞台左手前に置いてあった小道具の本が気になった人はいたでしょうか。
舞台の上には他にも古本がたくさん積み上げられていましたが、ワタシにはこの一冊だけは作り物の本に見えました。
あえてわざわざそこに置かれているように見えたんです。
題名は…とよく見ると「HERPES」。ヘルペス。水ぼうそう、ですよね。
水ぼうそうも基本は子供の時にかかるものですが、場合によっては大人になってからも帯状疱疹などという形でもっと重い症状を発症することがあります。
これもまた物語を象徴しているように感じ、小道具さんのこだわりに感動しました。
…深読みかもしれませんけどね。





さて、ワタシの父親も厳しい人でした。
厳しい…と言うか自分勝手というかワガママと言うか。
もう死んじゃったから書きますが(死んだ人の悪口は言うもんじゃないって言いますケド)。
気にくわないと暴力を振るうこともしょっちゅう。
母親なんかいつも青タン作ってました。
自分が仕事してるのに、という気持ちがあるからか、ワタシが学校を休もうものなら(たとえ風邪で熱があっても)めちゃくちゃ怒られました。
だからどんなに具合が悪くても休まず学校に行きました。
逆に、学校にさえ行っていれば機嫌の良い父親でしたね。

ワタシは父親のことが人間として嫌いでした。
ホント、父親の一挙手一投足、存在が大嫌いでした。
だからワタシの居場所は学校にしかありませんでした。
卒業を迎え居場所のなくなるワタシは、家を出て、東京で一人暮らしすることに決めました。
働くという名目上、親父は「ダメだ」とは言いませんでしたね。
逆に「頑張れ」とも言いませんでしたが。

だからでしょうか。
主人公の父親に対する気持ち、すっごく良くわかります。
それはもうめちゃくちゃわかります。
離れていると特にかもしれませんけど、自分の心の中に勝手に父親像を作り上げてしまうんですよね。
ホントの父親がどうかなんて考えもしない。
自分が作り上げた父親像が絶対的な力をふるって自分自身を縛り付けるんですよ。

だから年月が経ち、父親が雪堀りで屋根から落ちて入院した時はビックリしました。
ワタシの中の父親はそんなヘマをする存在ではなかったから。
今考えると単純に歳を取ったということだけなのかもしれません。
なんだかんだありましたが、実の所、結局そんなことが実家に帰るキッカケになりました。



「不肖の息子だけど…これが俺の人生なんだ」

主人公の最後の台詞は、父親の「言い返してみろ」に対する答えなんだと思います。
きっともう父親の幻影も元カノの幻影も、二度と見ることはないでしょう。



冬場は雪のためお墓が作れず、これからようやく建設です。
なのでかれこれ半年以上、親父の遺骨は仏壇の前で偉そうにしています。
驚いたことに今回の公演を観終わった時、まず最初に思ったこと。
それは、親父に会いたいってことでした。
そして聞いてみたかった。

「オレに何か期待してたことってあった?」

どんなに問いかけてみたところで、今はもう、遺影が静かに笑いかけてくるだけです。



今回の公演はダブルキャスト。
ワタシが観たのはAパターンでした。
若手が中心の配役でしたが、すごく良かったですね。
公演の都度集めるキャストなのに、よくもこんなにベクトルをそろえたなぁ、って思いました。
Bパターンも観てみたかった気もしますけど、今回はもう充分満足です。

ただ、子供たちには少し早すぎましたかね。
あと30年くらいは経たないとこの演目は理解できないかもしれません。
だからキューピーマジックにはぜひとも30年後くらいに再演していただきたい。
オリジナルメンバーで、とは言いません。ご高齢でしょうから(笑)。
いやそれより、ワタシのほうが生きているか?って話ですね(爆)。



毎回毎回、自分の人生について、深く考えさせられたり、新しく気づかされたりする、キューピーマジックの素敵な公演。
何でしょう…こう思うのはワタシだけじゃないとは思うんですが、すごく個人的に(ワタシのためだけに)公演を打っていただいている気がして、とても嬉しい、贅沢な、ありがたい気持ちでいっぱいです。
客出しでは座長の田窪さんが他のお客様とのお話をさえぎって、わざわざお声をかけてくださいました。

「来年の5月にはまた新作を書きます」

すごいなー。
これからもまだまだ新しいキューピーが観られる。
人生これから。
長生きはするもんです。

皆さんはいかがでしたか。

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Vol.61 想い出のテラス [キューピーマジック]

今年1回目のキューピーマジック公演『Vol.61 想い出のテラス』を観に行ってきました。
いつもは土曜日のマチネなのですが、今回は娘の部活を避けて、日曜日、楽日のマチネとなりました。
今回はカミサンと子供らと、久しぶりに全員そろっての観劇です。

数日前になってやっと都合がついてチケットの予約をお願いしたところ、いろいろ無理して受け付けてもらったらしく、なんとか潜り込ませていただきました。
すみませんでした…。

人数が多いので例によってまたクルマでの移動です。
楽日のマチネは少々早めの開演時間。
それに合わせて朝7時頃の出発です。
渋滞にハマることなく、思ったより順調に進み、途中休憩を取りながらも早めの昼食を取れるくらいの時間には到着することができました。

前回8年前に初演だった『Vol.46 想い出のテラス』は、ちょうど会社の同僚を事故で亡くしたばかりの時でした。
もうどうでもいいや的な自暴自棄な気持ちで観た演目だったにもかかわらず、すごく気持ちが救われて帰ってきたという、思い出深い作品です。
子供たちには難しいかもとは思いましたが、2人とも田窪さんのファンなので、まぁ良いだろうと。

開場してみると、確かに年齢層は高かったです。
ちょうど役者さんの親くらいの年齢層が一番多かったですね。
他の演目の時にお見かけするような、高校生前後のかたはいなかったように思いました。
ウチの子供たちはかなり特異な存在だったかもしれません。

さてさて、前置きはこれくらいにしときます。
以下、ネタバレあります。
ご注意ください。





妻に先立たれた男と、その娘たち三姉妹のお話。
特別な人が出てくるわけでも、驚くような事件が起きるわけでもなく、ごく普通の人たちのごく普通の日常を切り取った、そんなお芝居。
だからと言って退屈というわけでもなく逆にリアリティを感じるのは、常に抑えた演技のキューピーだからこそ、なのかもしれません。

下は女子高校生から上は還暦間近のオヤジまで。
そこにはいろんな人たちのいろんな人生があるわけですが、何だろう、すべてに感情移入できましたね。
いや、感情移入と違う。
まるで自分がその世代に持っていた悩みがそこに具現化したような?
そりゃ性別の違いはありますよ、当然。
でも、その世代が持っている普遍的な悩みとか感情といったもの、そんなものを懐かしさも付け加えて、とても身近に感じました。
それぞれの役者さんの心に寄り添っていられた、そんな気がしました。




「あーもうめんどくさいから泊まっていこうかな」
なんていう何気ない台詞からギクシャクした夫婦仲を感じ。

「お・じ・い・ちゃんっ」
だけで、あーお孫さん出来たのね。良かったねー。と喜び。

何でもない一言の裏に隠れた細かな感情が、まるでト書きを見るように感じられました。



そしてそんな子供たちを見つめる父親の目の優しさ。
でも完璧な人間なんていないし、完璧な父親なんてのもいるわけない。
不恰好で不器用でどうしようもなくて。
それでも子供たちの一番の理解者である…ありたいという。
そんな主人公が今のワタシとは年代的に一番近いわけで。
コレがまた一番ズシンときましたね。
帰りがけに座長の田窪さんに一言だけ「もう泣きそうです」って言いました。
他にどんな言葉を尽くしてもうまく言い表せないけど、田窪さんにはそれだけで伝わるだろうなと思いました。
世の中の父親、すべての方に観ていただきたい。そんな素敵な舞台でしたね。



前回の『Vol.46 想い出のテラス』でも書きました。
どこにも出てこない母親こそがこの物語の主人公ではないか。
今回また久しぶりに観て、改めてそう感じました。

三姉妹を優しく見守る父親。
さらにそれを見守る、亡き母親の視線。
優しく包み込む存在感。
死ぬ、ということは、そういうことなのかな、と思いました。

それだけ大きな存在感を感じたということは、家族それぞれが持っている母親への強い想いがそう感じさせていた、ということなのかもしれません。
いつもあんなに抑えた演技なのに、そこに込められた強い想いというものは、伝わるものなんですね。
役者さんってスゴイです。





ところで…。
「ワタシのためにやってる?この芝居」

昔から何度も書いていることなんですが。
キューピーの公演ってワタシの実生活にとても直結してるんですよ、いつも。
なんなのいったい(爆)?

実は最近よく考えることがあるんです。
この歳になると避けてはいられないこと。
それは「定年(笑)」。

最近ワタシは、定年になってワタシがいなくなった後の会社を、思い描く事が多くなりました。
簡単に言うと後継者問題なわけですが。
今、ワタシがしている事を誰かに引き継ぐこと、それが後継者育成ってことなんだって、昔は思っていました。
でも最近になって、そんなことは大切でもなんでもなく、そもそも無意味ではないのか?という気持ちに傾きつつありました。
今ワタシがやっていることはワタシだからやっていることであって、他の誰かがやるべきことではないのでは?と思うようになりました。
ただ単に今のやり方を継承するだけでは、この先変化も成長もないでしょう。
それよりも、他の誰かがその人なりのやり方でできるような環境、システムを残すことこそが、今自分が本当にするべきことなんじゃないかと思うのです。



…なんて、そんなことを薄ぼんやりと考えていたら、今回のキューピーのこの演目です。
三姉妹を見守る父親の優しい眼差し。
それはまさしくワタシが最近迷っていた、これからのワタシに必要な視点そのものだったように感じ、そっと背中を押されたような感覚でした。

ワタシの人生に先回りをして、その時々に必要なことを、いつもピンポイントで示してくれるキューピーマジック。
単なる偶然なのか、それとも現在の科学では説明できない何かなのか。
SFなんかだと、田窪さんが未来からやってきた自分、なんていう展開もアリかもですが、そもそも二人とも同じような年代なんですから、そりゃムリってもんですね(爆)。

ところで田窪さんの喪服姿なんですが、どう頑張ってみてもタクシーの運転手にしか見えませんでした(笑)。

それはそうと、今回もまたホンワリ暖か素敵な公演で、心の洗濯ができました。
みなさんはいかがでしたか。

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さてさて、今ワタシはこの記事を病院の一室、親父のベッド横で書いています(汗)。
今日はワタシも一緒にお泊り。
長い人生、いろいろあります。
事実は小説より奇なり…ですかね。


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Vol.60 黒いスーツのサンタクロース [キューピーマジック]

先日キューピーマジック公演『Vol.60 黒いスーツのサンタクロース』を観にいってきました。
今回はキューピーの第60回目の公演、加えてキューピーマジックプロデュースになって10回目の公演だそうです。
いやぁメデタイメデタイ。

実は今回公演のリーフレットに、前回公演のカミサンの感想文が採用されておりまして、2名様ご招待ということにしていただきました。
しかし、カミサンは仕事の都合で予定が合わず。
残念ながら、ワタシと子供たちだけで予定を立てました。
例によって、土曜日のマチネです。

ところが今度は娘が行けないと言い出しました。
そもそも当日は部活(吹奏楽部)とかぶっていたので部活は休みなさいと言っていたのですが、三年生が抜けたため彼女のパートは1人だけになっていて休むわけにはいかない…と。

「キューピーと部活。いったいどっちが大事なんだ?」

と無理強いするも、コンテストが近いこともあり、泣く泣く断念することに。
家族はそんな状況なので、久しぶりに知人夫妻をお誘いし、弟くんとワタシ、4人での観劇となりました。

前回同様、今回も移動はクルマです。
同じ失敗をしないよう、今回は大通りに面した駐車場を前もってチェック。
余裕を持って出発したこともあり、ノントラブルで目的地到着。
首都高の渋滞もなく、逆に早く着きすぎたおかげで、あまり時間を気にせず、ゆっくりお昼を食べることができました。

お昼のことを言えば、「千草」がなくなってたのは残念でしたね。
カミサンにメールしたら、速攻で泣きの返信が帰ってきました。
「和食、和食」と言ってた息子でしたが、近くのつけ麺屋を見つけた瞬間軌道修正。
今度は「つけ麺、つけ麺」と、うるさいことこの上なし。
結局つけ麺屋さんでお昼となりました。
なぜだかわかりませんが、お店のお兄さんと意気投合した弟くん。

「美味しかったです。また来ます!」

「また来てね~」

なんて感じで店を出てきました。
さらには公演終わって帰るときに、「また入りたい」なんてぬかしておりましたが、さすがに勘弁していただきました。

さてさていつも長い前置きですみません。
以下、ネタバレあります。
ご注意ください。




先に書きましたが今回は60回目の演目。
継続は力なり。すごいですね。
何に関しても飽きっぽいワタシは、ただただ頭が下がります。

座長のDMによると大幅にリライトしたとのこと。
5年ぶりの「黒サンタ」。どんな公演になるのか楽しみでした。
が、幕が開いてみるとちょっと問題が…というか、問題はワタシにあるんですが。

あんまり長く「黒サンタ」を観ているもんで、気づいちゃうんですよ。
「あっあのセリフが…」とか「ここって前こうだったよな」とか。
大幅にリライトしたということなので当たり前なんですが、いちいち気になっちゃう。
イカン。これではイカン!と思い、これはもう別の演目なのだと頭に言い聞かせ、気持ちをあらためた物語の序盤でした。

それが功を奏したのか何なのか。
思いのほか気持ちの切替がうまくいったのか、結果的には新しい物語としての目で観ることができたような気がします。

「懐かしくて新しい…」
観終わってそんな感覚が残りました。




客出しの際に座長さんとお話できました。
というか弟くんが話したがっていて、他のお客さんの対応をさえぎってのお話でしたが。
申し訳ありませんっっっ(汗)。

「毎回新しくしようと頑張ってます」

座長さんはそんなお話をしてました。
でもワタシの場合、新しさ(目新しさ?)というより、「懐かしい新しさ」を感じたんですよね。
うまく言い表せないんですが…。
その昔、初めて「黒サンタ」を観たときと同じような感覚。
時を越えてその感覚を改めて感じた、そんな感じです。
…あ、それってやっぱり目新しいってコトなのかな?



プロデュースなので、確かに役者のデコボコ感はあります。
ただそれも昔の「劇団」のキューピーマジックでも存在してました。
まぁどこの劇団でも大なり小なりデコボコしてるもんですが、少なくとも例の「言葉のキャッチボール」が表に出てくるまでは顕著だったように思います。
そんなこともあって、昔に戻ったような感覚を受けたのかもしれませんね。

あと感じたのは、登場人物たちの存在感が増していたこと。
キャラが立つってこういうことなのかな?
セリフが整理された台本だからなのか、演出の意図があってなのか、と思っていたら、帰りがけに役者の西山さんから「座長は主人公をデニスグッドより、売れない女優にしたがってた」というようなお話を聞きました。
それで納得しました。
ワタシ的には、デニスグッドの存在感が控えめになったように感じたんです。
そのせいか売れない女優だけでなく、新聞勧誘員や友則なんかの存在感がしっかり出てきて、すごくバランスが良かったように思いました。
実際、新聞勧誘員も友則も、すごく良かったですしね。




なんて、ここまで引っ張っておいてなんですが…。
偉そうなこと長々と書いてしまいましたが、そんなことはどうでも良いことなんです。

一番大切なのは、帰りに持って帰ってきた「印籠」ですよね。
ふんわりと暖かい気持ち。
きゅーっと自分を抱きしめたくなるような、そんな気持ち。
それから、明日も頑張ろうっ!という前向きな気持ち。
そんな、強く、優しい気持ちがいっぱい詰まった「印籠」を、持ち帰らさせていただきました。
みなさんはいかがでしたか?
えっもらってない?おかしいな。
ワタシには「印籠」握りしめて人ごみに消えていく人たちが、沢山、沢山いたように見えたのですが…。

ただ、あれですよ。この「印籠」。
定期的にキューピーマジックの公演を見に行かないと、本当にカラになってしまうという、ちょっとやっかいな代物なんですよね。
なんせ、中に入っているのは「有期」なんで(爆)。

お後がよろしいようで(笑)。いてっ…

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